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Bibury Court

忍野ノート2024

VOL.8 7月20日

佐々木岳大=文と写真

膳棚橋から見た釣り場の最上流部にあたるポイントの全景

《Profile》

佐々木 岳大(ささき・たけひろ) 1974年生まれ。神奈川県南足柄市在住。ホームグラウンドは地元の丹沢など。C&Fデザイン社に勤務。マッチング・ザ・ハッチの釣りのほか、ドライフライ、ニンフを使った小渓流の釣りも得意としている。
 
「ご飯できたよー!」川沿いのお宅から元気なお母さんの声が響いた。時間を確認すると19時ちょうど。
背の高い夏草に囲まれた忍野最上流部のポイントは風が抜けず、異常な暑さで汗が止まらない。緩やかな流れでライズしていたマスは大きくもないのだが、印象的な捕食をしていたようすをお伝えしたい。




ロールキャストの弊害


上流を見て右から、観光地として有名な忍野八海の出口池から澄みきった湧水が流れてくる。左からの流れは山中湖からの放水で、この日は放水が絞られているようで水は淀んでいる。[忍野フィッシングマップ:最上流部]は2つの異なる水が混ざり合う場所だ。流れの合わさるポイントは少し広いプールとなっていて、マスのほかにウグイやコイなどの魚影も少なくない。

釣りやすそうな手前の開きでいくつかの波紋が広がっているが、あきらかにマスのライズとは異なる。
うっすらと見える魚群の中から、時おり1尾が急浮上して捕食行動をしているようだ。おそらくウグイのライズだろう。イブニングライズを釣ろうと入渓した17時の時点では、マスのライズは対岸のバンク際で頭を下流に向けている個体のみのようだ。

対岸でゆっくりと巻いている落ち葉の向こう側で散発なライズがあった

アスファルトの仕切りの奥が出口池からの流れで禁漁区となる

ライズは極めて散発。観察しているとフタスジモンカゲロウのダンが水面にパッと姿を現わした瞬間にバサリと捕食された。かなりスローな流速を考慮し、大きなフタスジパターンにしては細めの6Xを選択する。対岸までの距離は5mほどだが、とにかく巻きのスピードが遅く難しそうだ。

フライを対岸のアスファルトに叩きつけるようにし、着水時にたくさんのスラックが生まれるように投げる。1投目から受け入れられてもよさそうなドリフトだったが、2投目、3投目も反応がない。フライに反応していないというよりは、あきらかにスプークさせてしまったように感じた。ロールキャストを使っていたので、ラインスプレーで警戒心を与えてしまったのかもしれない。

オーバーヘッドキャストで背面の高い夏草をかわしてアプローチすると、ポイントに対してあまりにも鋭角なプレゼンテーションになって突っ込んでしまう可能性があるが仕方ない。しばらくポイントを休め、次のライズが起きた直後、間髪入れずにオーバーヘッドキャストでフライを投じた。マスは着水と同時にフライに躍り出たがフッキングしなかった…。見えた魚体は小振りで、フライを咥えきれなかったのかもしれない。
完全に警戒させてしまったようで、マスはライズを止めてしまった。

藪漕ぎからの一投一尾


唯一のチャンスを失い、目の前のプールからマスのライズはなくなった。ポイントを移動することも頭に浮かんだが、このままこのポイントを釣ることにした。入渓時、周りを囲まれた夏草の感じから、しばらく誰もこのポイントを釣っている雰囲気が感じられなかったからだ。
このポイントは禁漁区との境目に区切りがあるわけでもなく、時にモンスター級のマスが姿を現わすことがある。手を出すことのできないカバーの中ではあったが、昨シーズン私が目撃したニジマスは70cmをゆうに超えていたと思う。

しばらくの間、ウグイのライズにまぎれてマスのライズはないかと目を凝らす。しかし、やはりマスを確認することはできない。目に見える虫は、極々たまに水面に浮上してくるフタスジモンカゲロウのダンのみ。マスのライズを誘発するハッチがなければ、マスも危険を冒してまで水面付近に浮上する理由はない。

ダラダラと何となくの時間を過ごしていると、下流のほうからカポン!という捕食音が聞こえた。だが、音が聞こえる方向を確認しに行くことはできない。この合流点から膳棚橋までの区間でアプローチできるポジションはここ以外にはない。解禁当初であればアプローチできるかもしれないが、今は夏草が伸びに伸びフライフィッシャーの侵入を防いでいる。
しかし不思議なもので、いちど聞こえると定期的にカポン!カポン!とマスが何かを捕食しているとしか思えない捕食音が聞こえてくるではないか。意を決して、護岸と川の境目を藪漕ぎしてようすを見に行くことにした。

難易度A級のライズ地点

7〜8mの激しい藪漕ぎをしていくと、ライズリングが広がってゆく光景が目に飛び込んできた。ライズと自分の立つポジションの間には密集した笹。背後には到底ロッドを振ることなどできそうにない夏草。頑張って1投だろう。投げてマスがフライを咥えてくれなければ、確実に手前の笹を釣って即終了となる。やってみるか!
しかし、けっこうな頻度でライズを繰り返しているが、いったい何の流下がこのマスを水面に惹き付けているのだろうか?

どう考えても、水生昆虫を捕食しているとは思えない。唯一、マルツツやアオヒゲなどのマイクロカディスの可能性は捨てきれないが、近辺の岸辺付近にアダルトの群飛も確認できない。テレストリアル、ビートルがライズと同じ頻度で流下するわけがない。消去法で考えられるとすれば羽アリ。

この位置ではフライを結び変えるスペースすらないので、いったん元の位置に戻ってフライボックスを開ける。いくつかあったCDCの羽アリパターンから22番を選んだ。私の経験では、忍野での羽アリの集中的な流下は20番から24番くらいのサイズで起こる可能性が高い。羽アリの集中的な流下では、フックひとサイズの違いで徹底的に釣れない状況に追い込まれるのだが、自分の中の最大公約数として22番を選択した。

先ほど藪漕ぎしたルートをたどり、ライズ地点の3mほど上流にポジションを作る。利き手でロッド、ラインハンドでフライを保持し、対岸に向けてまっすぐにロッドを振り込んだ。すぐにラインをリールから引き出し、フライよりも上流にロールキャストの要領でメンディングを行ない、フライファーストでフライを送り込めるようL字型にフライラインを整えた。あとはフライが止まってしまわないように、笹の上に乗っているラインを縦のフリップで引っ掛からないように配慮してやればよい。

アプローチは自分でも驚くほど綺麗にきまった。フライがライズ地点に到達すると、本物をついばんでいた時と同じフォームでマスがフライを咥えた。小さくロッドをあおりフックセットさせ、魚が対岸に向けて走るようにラインを張りすぎないようにして誘導した。

対岸に禁漁の看板があるが、正確には立入禁止区域となるので注意が必要

護岸の上を高速カニ歩きで移動し、スペースのある元のポジションに戻った。ロッドを立ててテンションを掛けてみると、幸運にも自分と魚の間にあったフライラインがどこにも絡まることなく空中に持ち上がった。マスは大きくはなさそうだが引きが強い。水面近くに降り立てる唯一の場所で魚を取り込むと、嬉しい今シーズン初のブルックトラウトだった。

紫を帯びたような独特の朱点が美しい

大きくはないがよく引いた

この日は満月の大潮。羽アリの集中的な流下との関係性も気になる

ストマックポンプを使い捕食物の確認をすると、羽アリがほぼ偏食に近い形で捕食されていた。サイズはフライよりもひとまわり小さい24番。羽のない18番ほどのアリも含まれていたことが成功に繋がったのではないかと想像できる。

予測不能


植物片の捕食など、過去に予測できないライズに遭遇した経験は少なくない。しかしこの日の最後に釣ったライズは、忍野では過去に経験のない印象的なものになった。

ブルックトラウトをリリースし、顔を上げるとだいぶ暗くなった印象だったが、禁漁区との境目で急に激しいライズが始まった。バシャバシャッとと何かを追い食いするように水面が乱れ、しばらく沈黙したかと思うとまた激しくライズがおこる。最初に疑ったのはヒゲナガのイマージャーだったが、川底がすっかり砂で埋まってしまった近年の忍野ではヒゲナガの生息数が急激に減っている。

ほかに考えられるとすればマイクロカディスだが、それならば先ほどのブルックの捕食物からもう少し確認されていてもおかしくない。残るはフタスジモンカゲロウのイマージャーだが、マスが何度も食い損ねるほどの遊泳力はないし、流れも速くないこの場所でここまで激しくライズする必要があるだろうか…?

ダンパターンではあるが、フタスジのイミテーションとして実績の高いツーフェザーフライを結んでみた。ダンパターンとして水面に何投かしてみたが反応はなく、フライの柔らかさをいかしてイマージャー的にリトリーブでフライを引いてみると、すぐに水中で頭を振るマスの動きが手元に伝わってきた。ランディングネットに誘導すると、釣れたのは小さなヤマメだった。

激しいライズの主は小さなヤマメだった

捕食物はまさかの…

パンパンにお腹の張った個体で、大量の何かを捕食していることは確実だと思い捕食物を確認する。なかなか吸い出すことができなかったが、ヤマメのストマックから出てきたのはワカサギ。山中湖からの放水で流されてきたのだろう。小さなヤマメはライズしていたのではなく、ボイルしていたと考えれば、捕食と静寂を繰り返す行動にも納得がいく。

山名湖からの放水が強く流されたワカサギが、出口池からのゆるい流れに避難したことは想像に難しくない。ひとことで忍野と言っても、ポイントごとに特徴が色濃くある。短い流程のフィールドではあるが、このチャレンジに終わりはない。

「水生昆虫の羽化とマスのライズ」
忍野は「これぞフライフィッシング!」といえるような、マッチ・ザ・ハッチの釣りを体験できるフィールドである。
マスを目視し、投じたフライへの反応を見て、フライを口にさせるまでの一喜一憂を楽しんでみてはいかがだろうか?

毛鉤メモ: CDCシマザキアント


ホワイトのCDCが下から目立ち過ぎず水平姿勢で浮く

お尻のコブ上部に結んだダークトーンのCDCが、インジケーターを兼ねたホワイトのオーバーウイングの存在を見事にカモフラージュしてくれる使い勝手のよいパターンとして愛用している。

よく見かける半沈スタイルのパラシュート・アントは、ドラッグッヘッジ効果が高く使いやすいが、スレきったマスには本物同様に水平姿勢で流れるパターンに分があるように思う。本数よりも幅広いサイズで用意しておくことを推奨する。繰り返しになるが、羽アリの流下はマッチ・ザ・サイズが極めて重要となる。


2024/8/6

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