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ささきつりぐ

忍野ノート2024

VOL.5 5月12日

佐々木岳大=文と写真

新緑の季節。ひとけのない場所で魚を狙うのは釣り人だけではない

《Profile》

佐々木 岳大(ささき・たけひろ) 1974年生まれ。神奈川県南足柄市在住。ホームグラウンドは地元の丹沢など。C&Fデザイン社に勤務。マッチング・ザ・ハッチの釣りのほか、ドライフライ、ニンフを使った小渓流の釣りも得意としている。
 
湿度も低く、天候にも恵まれた影響だろうか?川岸には多くの釣り人の姿が見られる。
聞けば有名フライフィッシャーによるスクールが開催されていたようで、釣りができない程ではないものの、車で上流から下流までようすをみた感じでは「窮屈」な印象をうけた。混雑が決定的に釣果に影響することはないだろうが(ある意味いつも混雑しているとも言える)、できれば静かな環境で釣りたいと考えポイントを選定した。



タックルとシステム


混雑を避けて選んだ場所は[忍野フィッシングマップ:ポイント写真34]通称:忍野堰堤。
忍野の釣り場としては最下流部にあたると考えてよいだろう。堰堤の上にある巨大なプールは、右岸が砂で埋め尽くされている。そんな地形の影響で、マスは対岸にあたる左岸につきやすい。

これがこのポイントを難しくしている最大の要因であることは、フライラインを流れに置いてみればすぐに理解できるだろう。フライライン1本分はある川幅で、ちょうど左岸と右岸の中央付近に幅の広い流心があり、右岸の立ち位置付近はほぼ流れがない。簡単にはいきそうもないが、この広いポイントのなかで、散発ながら3箇所でライズを確認することができる。そしてそのすべてのライズが、幅の広い流心の向こう側で、一筋縄でいかないことは間違いなさそうだ。

まとまった流下があるようすではないので、極小のビートルパターンを6Xのフロロカーボン・ティペットに結んだ。ここまできて、冷静に手にしているタックルのことが気になった。手にしているのは7フィート6インチのファイバーグラス製4番ロッドで、背後に密集している葦をかわすにはあまりにも短く思えた。まだ1投もしていないが、いちど車まで戻りタックルを持ち変えることにする。

忍野堰堤上の大プール。手前の岸が浅くなっているようすがよくわかる

このとき車に積んであったロッドで、もっとも長かったのは9フィート3番のグラファイトロッドだった。ライズまでの距離を考えると、できれば4〜5番のロッドが欲しかったが、ないものは仕方がない。ポイントまで再び戻り、10フィート5Xのハンドタイドリーダーに7フィートのフロロカーボン・ティペットを足した。私としては例外的に長いリーダーシステムだが、これはもちろん流心の向こう側を釣ることを前提に考えた結果である。

フライはフォームビートルで、ワイドゲイプの#24フックに巻いてある。季節が進むにつれて、ビートルとアントが捕食されているケースが増えているが、流下しているテレストリアルのサイズはまだ小さい。今の時点でアントは#20、ビートルは#24程度というのが私の感じているサイズの最大公約数である。

ドリフトを分割するアプローチ


プレゼンテーションのタイミングを見計らいライズを待ってみると、ライズは予想以上に散発だった。あまりにもパッとしない状況で、背後の土手を登り1時間ほどプール全体を見渡していたが状況は変わらない。

ポイントを荒らさないために、下流のライズから手を出すことに決めた。ライズの間隔は10分以上あり、まさに散発と呼ぶにふさわしい状況だがレーンは安定している。ライズポジションが安定していなくても、レーンが同じであればアプローチは組み立てやすい。フライをトレースさせたい区間を決め、3つに区切って下流から順番にフライをドリフトさせることにする。不要なアプローチでマスに警戒心を与えないよう、1セットのアプローチ後には必ず間をとるように徹した。

ポイントを休ませるため、たとえマスからの反応がなくても、再びライズが起こるまでは次のプレゼンテーションを控える。投げてしまいたい気持ちをグッとこらえ、丁寧なドリフトに集中するが、あまりにも反応がなさすぎて戦略に不安を感じ始める。
マスが動いているのかもしれない、マスの定位位置が深いのかもしれない、フライがあっていないのかもしれない、ドリフトを見切られているのかもしれない。考えればキリがない。

散発なライズは相変わらずで、間隔も安定はしていない。正直に言えば根気負けなのだが、1セット限定を条件に、ドリフトの途中でフライを意図的に動かしてみようと思った。レーンの上で動かすのはマスを警戒するリスクが高いと考え、レーンの奥にプレゼンテーションしたフライを、引き戻してドリフトさせることにする。

派手なジャンプが嬉しい!

インジケーターの類が付いていない極小フォームビートルを視認することはできないが、引き戻したフライがほんの数センチ流れただけのタイミングで水面が歪んだ。
フライを目視することはできていなかったが、引き波が出てくれていたため、確信をもって合わせを入れることができた。攻略というよりも、ラッキーな釣れ方のような気もするが、純粋に釣れたという結果が嬉しい。

コンディション以上に強い引きを感じさせてくれたファイター

まっすぐ対岸の深みへと帰っていった

サイトフィッシング


やっと次のライズに向かい合える。下流から順番にねらうのがセオリーではあるが、順番を守ると次のライズがもっとも難易度が高いように思えた。何よりもライズ地点が遠い!
逆にいちばん上流のライズは、流れが蛇行してプールへの流れ込みにあたる位置で、キャスティングの距離も長くはない。1尾目で精も根も尽き果てたのか、迷わず上流のライズから釣る気になって立ち位置を移動した。

思ったより対岸が近くに感じられる。そしてしばらくようすを見ていると、1尾のマスが対岸のバンク際から姿を現わした。フラフラという表現がしっくりくるようすで、流心でゆっくりとリラックスしたライズを1度だけして、その場所でユラユラと揺れている。

対岸から流心にようすを見にきているかのような行動をとるマス

直感的にイケる!と感じ、左手で持っていたフライをフォルスキャストも無しに振りこんだ。マスは着水と同時にフライの置かれた方向に鋭く向きを変え、ライズというよりも、まるでジャンプのように派手なフォームでフライに出た。
ショートレンジで油断もなく合わせをくれたつもりだったが、手ごたえはなく、見事な空振りでマスは姿を消した。

1尾目の捕食内容

フライがマスの口にかすりもしなかった事もあり、チャンスが再び訪れることに期待した。流れから距離を取るため、ポイントを見渡せる背後の土手に陣取ってようすをうかがう。

反応を得られた極小フォームビートルは見切られる可能性が高いので、フライも交換することにした。どうせ次のチャンスまで時間が掛かるだろう。何よりもポイント全体が貸し切りで急ぐ理由もない。1尾目のストマックの内容を参考に、次に結ぶフライを選ぶことにする。中型のメイフライやコカゲロウのイマージャーの捕食が確認できたが、もっともたくさん捕食されているのは間違いなくシャックである。

細身に巻かれた#18のモールフライを、CDCで水面直下にぶら下げるのがよいように思えた。少しシャギーにかき出したモールファーが、水面下で微妙に揺れてマスを誘うように思えたし、フォームビートルとシルエットが大きく異なったパターンがよいようにも思えた。
30分ほどは待っていただろうか?先ほどのマスだと思われる1尾のマスがふたたび姿を現わした。足場の高い位置から観察しているので、マスの挙動がよくわかる。警戒が高まっていることは間違いなく、ようすを見にきているだけのようでライズもしない。おそらく、フライを認識すればチャンスは一度きりな雰囲気が感じられる。

土手を迂回し、先ほどプレゼンテーションした場所よりも5mほど上流からアプローチすることにした。定位しているレーンの上流にフライを置き、スタックメンディングでフライラインもレーン上に一直線に置くプレゼンテーション。フライファーストで真っ直ぐマスに向かって流れるが、見切られれば終わりの1投入魂アプローチだ。
マスは自然なモーションで、鼻先を高く水面に突き出してフライを咥えこんでくれた。

浅場を嫌って何度も強い抵抗をみせた

目立った捕食物がないことから流下もないことが想像できる内容のストマック

決してコンディションがよいとは言えない魚体ながら、サイズの割にはよく引いてくれる。流れが強すぎず、ポイントが広く走りやすいのだろうか?今後、流下が増えることで、さらなるコンディションの回復に期待したい。

警戒心の高いライズ


このライズすぐに止まります!

最後の一尾にアプローチするまで、2尾のマスにずいぶんと時間をかけてしまった。それが吉と出たのか?あきらかにライズ頻度が高まってきた。鼻先が水面に出ることのないディンプルライズで、ときおり静かな波紋が水面に広がる。ライズ地点までは、もっとも近いクロスのポジションからでも20m程は距離がありそうだ。バックスペースの関係で、アプローチ可能な他の場所からはそれ以上の距離があり、難易度が高そうに思える。

手にしている3番ロッドでは厳しい距離だと判断し、とりあえずクロスの位置に立つとにした。ところが、ポジションに立つとライズが止まってしまったではないか。いかにもっとも近い位置と言っても、ライズまでの距離は決して近くはない。しばらく待ってはみたがライズが再開するようすはない。
ここではじめて“まさか…”と気が付いた。2尾目を釣った地点まで戻ってみると、ものの5分もしないうちにライズが再開されたではないか!魚体は見えないが、広がるライズリングからは重量感が感じられる。風向き的にも、距離的にも、アップクロスでのアプローチには無理がある。2尾目を釣ったポジションからであれば、下流に向けて長いフライラインを送りこめば何とかなるかもしれない。

モールフライのCDCを粉末タイプのフロータントで丹念に水気をとり、入念にフロータントを擦りこんだ。フィッシュウインドウに入る手前でフライラインの形を整えたいが、メンディングで沈んだフライが再浮上してくれないと都合が悪い。数度のプレゼンテーションを繰り返し、これは!と思うドリフトが決まったとき、ライズ地点でフライが音もなく吸い込まれた。

残念ながらフックがマスに触れた感触だけが残り、フッキングはしなかった。ダウンストリームに近い状態で、思わず早合わせになってしまったのだと思う。無意識に呼吸を止めてしまっていて、大きく「ハーっ!」と息を吐いたとき、驚いてパニックになったマスが大きく跳ねるのが見えた。大きさもコンディションも抜群のニジマス。もうチャンスがないことは確実に思えたし、肝心のマスには逃げられたが、2勝1敗なら悪くない気もして忍野堰堤を後にした。

「水生昆虫の羽化とマスのライズ」。
忍野は「これぞフライフィッシング!」といえるような、マッチ・ザ・ハッチの釣りを体験できるフィールドである。
マスを目視し、投じたフライへの反応を見て、フライを口にさせるまでの一喜一憂を楽しんでみてはいかがだろうか?

毛鉤メモ:極小テレストリアル


ここまで準備して1投もすることなくロッドを変えた

春から初夏にかけ、ライズの期待できる時間が日中から夕方に移行していく。
ドライフライで一日の釣りを組み立てるのであれば、テレストリアルパターンをフライボックスに入れておくべきだろう。
大きなサイズのイメージがあるテレストリアルだが、私は特大〜極小まで幅広いサイズを使い分けている。大きなサイズに反応してくれるマスだけを釣る戦略も通じるとは思うのだが、プレッシャーの高まった個体には通用しないケースも多々あるからだ。

特にこれから始まる梅雨時の夕刻は、年によって羽アリの大量流下が見られる可能性がある。羽アリは日によってサイズが異なることも珍しくなく、ときに26番など極小サイズがマスに偏食される場合もある。照度がみるみる下がっていく時間帯、激しいライズを前にフライサイズが一致しているかどうかで天国にも地獄にもなる。
マッチ・ザ・サイズは、テレストリアルでこそ重要な場合が少なくないと認識するべきかもしれない。



2024/5/28

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