忍野ノート2024
VOL.4 4月21日
佐々木岳大=文と写真《Profile》
佐々木 岳大(ささき・たけひろ) 1974年生まれ。神奈川県南足柄市在住。ホームグラウンドは地元の丹沢など。C&Fデザイン社に勤務。マッチング・ザ・ハッチの釣りのほか、ドライフライ、ニンフを使った小渓流の釣りも得意としている。
佐々木 岳大(ささき・たけひろ) 1974年生まれ。神奈川県南足柄市在住。ホームグラウンドは地元の丹沢など。C&Fデザイン社に勤務。マッチング・ザ・ハッチの釣りのほか、ドライフライ、ニンフを使った小渓流の釣りも得意としている。
標高936メートルの高地に位置する忍野村にも桜の季節がやってきた。支流・新名床川沿いの桜並木が観光名所ということもあり、村内の狭い県道にもたくさんの観光バスが見てとれる。
忍野村に本社を構え、村民の4人に1人が関係者というデータがある企業「ファナック」。
社名がそのまま通りの名称となっている「ファナック通り」には、色とりどりの花が咲き乱れ、季節が本格的に春から初夏に進んでいることが実感できる。忍野村の税収を支えるこの企業を知らなくても、あの黄色い大きな建物や車…と言えばピンとくる方も多いかもしれない。
最初の1尾
年によっては降雪すらあり得る4月の第3週目。今年は暖かい天候に恵まれた。湿気を感じさせない、初夏を感じさせる風が心地よく、何ともよい気分だ。
臼久保橋(通称:自衛隊橋)に隣接する「さかな公園の駐車場」に沿って植えられた桜は、この爽やかな風によってやさしい桜吹雪となって視覚を楽しませてくれている。
自衛隊橋から上流に向かって進むと[忍野フィッシングマップ:ポイント写真18]通称:「護岸上」のポイントでライズを見つけた。すぐ上流の頭上には見事に咲き誇った桜の木があり、散った花びらが花筏となり水面を流れてゆく。ライズは時折それを割って起きている。
私が最初に考えたのは、マスが流下する花びらを捕食している可能性だった。たくさんの植物片が流下すると、ときにそれを偏食に近い状態で捕食するマスがいるからだ。過去に何度も痛い目にあっている経験から、私もだいぶ疑り深いフライフィッシャーに成長したものだと思ったが、マスは花びらを避けて捕食活動を繰り返しているようで安心した。さすがに桜の花びらを模したフライを巻いたことはない。
とはいえ、捕食対象物が見えないので、小さくて雑多なものを捕食していると仮定することにした。6Xのティペットに結んだのは、#24のワイドゲイプフックに、スレッドとCDCだけで巻いた小さなパターン。CDCのウイングは左右に振りわけた状態で巻きとめてある。ウイングを立てた流下物なら目視できているはずだと考えたからだ。
マスの上流側と頭上には木枝が張り出し、タイミングよく適切な場所にプレゼンテーションするのに数投を要した。立ち位置からポイントまでが近く、リーダーキャストに限りなく近いため投げづらかったからだ。遠くと同様に、近くも難しいところがフライフィッシングの奥深いところだと思う。
ライズの主は小さなニジマスで、よいタイミングでフライが入ると、スッと素早い動きでフライの下に潜り込んだ。50cm近くは一緒に流れを下っただろうか?意を決したようにフライを咥えこんだマスの顎にガッチリとフッキングさせることができた。昨シーズン、標準的なゲイプ幅の24番フックで何度かフッキングしなかった場面があり、今シーズンから使い始めたワイドゲイプ・ファインワイヤーのフックで成功したことが嬉しい。
ストマックポンプが吸い出したニジマスの捕食物は、ユスリカやメイフライのシャックが目立つ内容だった。他に小さなコカゲロウのスピナーも目立つが、小型のカディスピューパやデプテラ、テレストリアルなどが混じりはじめているのが興味深い。
花筏の流入源
最初の一尾を手にし、何となくではあるが捕食傾向を把握することができた。次のライズを求めて歩きはじめ、ほんの数十歩で流芯を流下する花びらの量が尋常じゃなく多いことが気になった。なぜ気が付かなかったのだろう?一尾目のマスが釣れたポイントのすぐ上流には確かに桜の木があった。しかし、私の記憶ではここから上流部の流れに桜の木はない。
多量の花びらがどこから流れてきているのかを考えた時、支流・新名床川で観光地となっている桜並木の存在に気がついた。少しの流下ならば風情を感じながら季節の釣りを楽しめばいい。しかし、ここまでの量となれば話は別だ。
ピックアップのたびに、フライに花びらが絡みついてくるのは正直わずらわしい。私は新名床川の合流点にあたる[忍野フィッシングマップ:茂平橋]から上流のようすを確認しに行くことにした。
予想通り、多量の花びらは新名床川から流入していた。木造の小さな橋「茂平橋」を渡り、護岸により足場の高くなる上流域に花びらの流下はない。
これならばストレスなく釣りができる。しかし思いどおりにいかないのが釣りだ。上流域は魚影こそ確認できるものの、ライズは見当たらなかった。
ライズを誘発する要因の私的考察
ライズを求め、ようすを見ながら下流へと戻る。
茂平橋を渡りかえし、[忍野フィッシングマップ:ポイント写真16]、通称:S字まで戻ってくると、いくつかのマスがライズをしていた。
ライズは薄いピンクにおおわれた流心の中、もしくはその奥でのみ起きている。
ライズ頻度は高くないが、位置は安定していて、エサの流下を待ち受けている雰囲気が感じられる。
他に釣り人も見当たらないので、ゆっくりとライズの品定めをしていると、直感的に魚の活性が高いように思えた。小雪の舞う日に魚の注意が上を向くときと同じように、多量の桜が魚の注意を上に向けライズを誘発しているようだ。
忍野ではほかにも、降雨による増水時にたくさんの小さな植物片などが流下すると、それに反応してヤマメの活性の上がることが少なくない。
しかし、これらの条件で水生昆虫のハッチが活発になっている場合も多いので、やはり特定の理由ではなく、総合的な理由で魚の活性が上がる場合があると認識するようにしている。
2024シーズン初ビートル
S字で起こっているいくつかのライズに対し、最初に試してみようと思ったのはフォームビートルだった。
ライズの頻度的にも、特定種の水生昆虫のまとまった流下が起きているとは思えない。そして何よりも、最初に釣れたマスの捕食物は全体的に黒く、小型ながら陸生昆虫の捕食も確認できていたからだ。
たくさんの花びらにフライが埋もれてしまわないよう、普段はあまり使用することのない、インジケーター付のフォームビートル17番を結ぶことにした。ビートルの釣りの盛期同様、陸生昆虫の落下する確率の高いバンク際のライズをねらう。
1投目は着水と同時のバイトを期待したが、さすがにまだ季節が早いらしく反応しない。上流からフライファーストで送り込む作戦に変更すると、素直に反応してフォームビートルを咥えてくれた。鰭の欠損はなかったが、ティペットが魚体に巻き付いた跡が痛々しいニジマスだった。
縞々模様
今シーズン初めてビートルを使って釣ったニジマスのストマックを見て、縞々ボディーのデプテラの1種であると思われる捕食物が気になった。ひと回り小さいが、1尾目のマスから近しい捕食物を確認できていたからだ。フォームビートルはインジケーターが付いているとはいえ、それでも圧倒的な花筏の量に埋もれてしまい、使いやすいとは感じられなかった。そこで、縞々模様のボディーを持った視認性の高いフライとして小さなウルフパターンを選択した。釣った2尾のマスがたくさん捕食していた、ユスリカやメイフライのシャックも縞々模様がよく目立っていたからだ。
このフライに結びかえたことが、この後の好釣につながった。邪魔だと感じていた花筏が、ティペットの存在を希薄にしてくれた影響もあり、1本のフライでたくさんのライズを攻略することができた。放流直後の魚が多かったが、5尾に1尾ほどの確立で混ざるコンディションのよいマスが私の満足度を高めてくれた。
そしてこの日のクライマックスは、グッドコンディションのニジマスだった。幅のある重たい流心の向こう側、対岸の巻いているバンクで重量感のあるライズを1度だけ見た。
立ち位置をライズ地点の上流側へと大きく移し、限りなくダウンストリームに近くなるように角度を殺したダウンアンドアクロス。流心の向こう側へのスタックメンドを繰り返し、完璧なフライファーストで、巻きを数cm回ったタイミングで音もなくウルフが吸い込まれた。
6Xのティペットでリールから何度もフライラインを引き出されたが、なんとかランディングネットに押しこんだのは55cm。素晴らしい魚体のニジマスだった。時に管理釣場のようだと揶揄されることも多い忍野だが、本来のスプリングクリークとしてのポテンシャルを感じさせてくれることもある、貴重なフィールドのひとつでもあると確信している。
「水生昆虫の羽化とマスのライズ」。
忍野は「これぞフライフィッシング!」といえるような、マッチ・ザ・ハッチの釣りを体験できるフィールドである。
マスを目視し、投じたフライへの反応を見て、フライを口にさせるまでの一喜一憂を楽しんでみてはいかがだろうか?
毛鉤メモ:クイルボディー・ウルフ
アトラクター要素をおさえ、ストリップドピーコックを使ったクイルボディーに、ナチュラルカラーのハックル。ボリュームをおさえた獣毛のテールで少しでも虫っぽく見えるように仕上げた15番のウルフパターン。
普段は山岳渓流のパイロットフライとして使用している。カーフテールのウイングはタイイングが少々面倒ではあるが、それに余る使い勝手の良さに魅力を感じている。ハックルの下側をカットすることで、縞々模様がマスにアピールするように意識して使用した。
2024/4/30