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ささきつりぐ

LIFE IS FLY FISHING

第二話 釣り人の手順

阪東幸成=写真と文

人には手順というものがある。朝起きたら顔を洗うし、寝る前には歯を磨く。

キスをする前にはデートに誘う。愛し合う前には服を脱ぐ。

でも手順が狂うときもある。服を脱ぐ前にコトに及ぶこともあるし、結婚式だというのに、すでにして大きなお腹が大儀そうな新婦もいる。

それが人の世というものだ。

釣り人にも手順がある。釣り場に着くと、なにはともあれ用を足す。

誰が決めたわけでもないのに男ならきっとそうする。

手順が狂うことはない。絶対にそうする。

それが釣り人というものだ。


しかし、女性のふらい人が登場してから、世界は変わった。その日、釣り場に着いて女は言った。

「いつもあなただけ用を足すなんてズルい。わたしは朝からなにも飲んでないのに」

「ズルいだなんて、心外だな。わかった、それなら今日は我慢する」

「そうよ、たまには女性の身になってみなさいよ」

男は歯を磨かずにベッドに入るような気分でウェーダーを履いた。その日、釣りをしている間中、男はなんでもない顔を装いながら、必死で耐えた。

「もうだめだ、これ以上我慢するとウェーダーが中から浸水してしまう」という状況にあっても、ゴアテックスの透湿性にすべてを委ねてしまおうとはしなかった。


日暮れが迫って来たとき、「今日はイブニングはやめておこう」と言い出した男に、女は驚いた。

いつもとっぷりと日が暮れるまで自分を付き合わせていることを、ようやく反省する気になったのだと思った。

「やっぱりわたしを愛しているんだわ。今夜は久しぶりにサービスしてあげようかしら」

車に戻った男は、女がウェーダーを脱ぎ始め、身動きが取れなくなったタイミングを見計らって、「あれっ、川にフォーセップを落としたみたいだ。ちょっと見てくるよ」と言い残して、土手の向こうに消えた。

「おぉー、ふぅー、はぁー」

男が全身を震わせて、河原に盛大に飛沫を飛ばしたとき、ふいにそこに虹がかかった。

男の消えた土手の方角を見ていた女の前に、素晴らしく大きな虹がかかった。

「おかしいわね、夕立なんて降らなかったのに。今夜は良いことがあるのかも」

それから8ヶ月後、結婚式の披露宴で膨れたお腹を愛おしそうに撫でるウエディングドレス姿の女を見つめながら、男は、「でもあの日、オレは昼間は漏らさなかった」と思いつつ、優しく新婦の手を握った。



《Profile》
阪東幸成(ばんどう・ゆきなり)
アウトドア・ライター。バンブーロッドにのめりこみ、1999年に『アメリカの竹竿職人たち』(フライの雑誌社刊)を著す。2017年にふらい人書房を立ち上げ、以降『ウルトラライト・イエローストーン』『釣り人の理由』など、自身の著作を中心に出版活動を行なっている。最新刊は『ライフ・イズ・フライフィッシング シーズン1』。



ふらい人書房ホームページ
www.flybito.net

2019/3/24

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最新号 2025年6月号 Early Summer

【特集】One Fly, One Soul 1本入魂のタイイング

釣れないフライはありません。しかし、より釣れやすい、より釣りやすいものは確実にあります。
「釣れやすい」とは、たとえば魚がエサと認識しやすいシルエットや姿勢をキャストごとにキープできることや、より刺激的な波動を常に発する構造のこと。 「釣りやすい」とは、たとえばキャスト中の空気抵抗が考慮され、スムーズにプレゼンテーションできることや、簡単には壊れない高い耐久性のこと。
そして、フライは最終的に美しいに越したことはありません。
これら無限の要素を取り入れて、自分で創造できるからこそフライタイイングは楽しいものです。
今号では佐々木岳大さんにドライフライの基礎を、嶋崎了さんにCDCの失敗しない扱い方を、中根淳一さんにキールフライのアイデアを、筒井裕作さんにホットグルーの使い方を教えていただきました。

また、中央アフリカ、ガボンでのターポンフィッシングの釣行レポートやポータブル魚道に関するインタビューなどもお届けします。


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