LOGIN
海人スタイル奄美

LIFE IS FLY FISHING

第七話 カゲロウの羽音

阪東幸成=写真と文

今年の六月中旬、イエローストーン国立公園内を流れるマジソン・リバーでイブニング・ライズを待っていたときのことだ。

かなり強い北風が吹いていたけれども、ハッチさえあれば魚も反応するだろうと楽観しつつ、フリースを着込んだわたしは土手に坐ってそのときが来るのを待っていた。

いつものようにどこからともなくツバメが現れ、水面をパトロールし始めた。そろそろライズが始まるだろうと流れの筋を見つめていたが、何も起こらない。

やがてツバメは水面上を流れている虫を啄み始めた。

いよいよだな、と逸る心を抑えて水面を見つめるが、虫は見えない。ライズもない。

徐々に周囲は薄暗くなってきた。車に戻るためには川を横断しなくてはならない。

わたしは「もう少しだけ待てばライズが始まるはずだ」という気持ちを抑え込み、土手から立ち上がった。

イブニングでは「たとえライズがつづいていても、明るいうちに川を渡渉する」ことをポリシーにしているのだ。

相変わらずの強風でツバメはつぶてのように風下に吹き飛ばされては、舞い戻ってきて水面を啄んでいる。

わたしは川を渡りながら水面に目を近づけた。

風が作る波紋が邪魔して、極めて見えにくいが、たしかにカゲロウが流れている。サイズ#20 のベイティスだった。

この強風下で、この暗さで、この乱れた水面上を流れている微小な虫を、正確に啄んでいるツバメの視力にあらためて驚かされた。


その翌週、滞在中のアイダホのロッジにやってきた友人が前庭でドローンを飛ばしたが、離陸と同時にたくさんのツバメが集まってきた。

モンタナのマジソンリバー周辺で飛ばしたときも、離陸するやいなや、爆撃機に群がる戦闘機のようにツバメがドローンの周囲を縦横無尽に飛び回った。

わたしたちふらい人はツバメやセキレイなどの鳥が水面近くで活発に活動し始めることにより、羽化の開始を知ることが多い。虫より、鳥の方が大きいからわかりやすいのだ。

たとえばヘンリーズ・フォークではグリーン・ドレイクやフラブが羽化すると鳥山さえできる。

では、その鳥たちはどうやって虫の羽化が始まったことを知るのか? 

前週のイブニングで見たように、ツバメはおそろしく目が良いから視覚によるものだろうと思い込んでいたが、友人の飛ばすドローンを見て、ひょっとすると聴覚で察知しているケースもあるのではないかと思った。

ツバメの耳が防衛上、飛翔する物体がたてる音に敏感なのは当たり前だとしても、はるかに微細なカゲロウの羽音が彼らの食卓のベルを鳴らしている可能性がないとは言えない。


ドローンが離陸した途端にツバメたちが我先に集まってくる様子は、警戒心というよりは、水生昆虫が羽化したときの興奮ぶりに近い。

ソロソロとまずは遠くから様子を窺って、というよりは、「ゴハンですよー!」と呼ばれてビューンと飛んできているように見えた。

もしかすると見たことのない超大型のカゲロウが羽化していると期待したのかもしれない。

ただドローンの場合、ほとんど騒音状態の音量だから、視覚以前の問題であることはたしかだ。

けれども芝刈り機、あるいは大排気量バイクなどで、同じ反応が起きたという話は聞いたことがないから、おそらくは飛翔音を聞き分けているのだろう。

ドローンのたてる「ブーン」というプロペラ音は鳥の羽ばたきとはだいぶちがうが、それでも飛んでいるものと、飛んでいないものを判別することは彼らの生死をわける重要な能力のひとつなのだろう。

というわけで、どうにもツバメの聴力が気になってネットで調べてみた。フクロウなどは夜間に左右の耳に聞こえる音の時間差で獲物の位置を特定する能力があるらしい。

でもツバメの聴力についてはわからなかった。

逆にダチョウには四十メートル先のアリが見えると知って、あらためて鳥の視力に驚かされてしまった。

ツバメの「聴力による羽化察知能力」の可能性はないのだろうか。




《Profile》
阪東幸成(ばんどう・ゆきなり)
アウトドア・ライター。バンブーロッドにのめりこみ、1999年に『アメリカの竹竿職人たち』(フライの雑誌社刊)を著す。2017年にふらい人書房を立ち上げ、以降『ウルトラライト・イエローストーン』『釣り人の理由』など、自身の著作を中心に出版活動を行なっている。最新刊は『ライフ・イズ・フライフィッシング シーズン1』。



ふらい人書房ホームページ
www.flybito.net

2019/8/24

最新号 2024年6月号 Early Summer

【特集】拝見! ベストorバッグの中身

今号はエキスパートたちのベスト/バッグの中身を見させていただきました。みなさんそれぞれに工夫や思い入れが詰まっており、参考になるアイテムや収納法がきっといくつか見つかるはずです。

「タイトループ」セクションはアメリカン・フライタイイングの今をスコット・サンチェスさんに語っていただいております。ジグフックをドライに使う、小型化するフォームフライなど、最先端の情報を教えていただきました。

前号からお伝えしておりますが、今年度、小誌は創刊35周年を迎えております。読者の皆様とスポンサー企業様のおかげでここまで続けることができました。ありがとうございます!


Amazon 楽天ブックス ヨドバシ.com

 

NOW LOADING