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ナガレモンイワナで見る「しみ出し」

ナガレモンイワナの生息場所を中心にしみ出しなどについて研究されている方に話を聞いた

安田龍司=聞き手 編集部=文と写真 醒井養鱒場=協力

この記事はFlyFisher 2022年12月号 Mid Autumnに掲載されたものを再編集したものです

はじめに

滋賀県の一部河川に生息する特殊斑紋タイプのイワナであるナガレモンイワナ。ヤマトイワナの変異型と考えられているその希少な在来イワナの存在をこ存知の方も多いのではないだろうか。

ナガレモンイワナ

ナガレモンイワナの成魚

 

今回のインタビューでは、滋賀県水産試験場の幡野真隆さんに大変お忙しい中、このナガレモンイワナと「しみ出し」の効果についてを中心にお話をうかがった。「しみ出し」を改めておさらいしておくと、渓流魚は上流(の支流群など)から下流へ自然と落ちてきて、このしみ出してくる魚が下流域の個体数の維持に大きく貢献をしている、という現象だ。幡野さんはナガレモンイワナが生息する禁漁区を中心にこのしみ出しについて研究もされている。そこでまず驚かされたのは、研究対象となるナガレモンイワナのサイズである。浮上して間のない2~3cmの稚魚は見つけることも、採捕することも難しく、まして標識のためにヒレの一部を切除する作業は、困難を極めることは容易に想像がつく。さらに大変希少な魚であるため、各種測定も細心の注意を払わなくてはならない。また熱心な研究者に共通していると感じる、器具類へのエ夫とこだわりも、意外な物を使ったりどこでも入手できる物に一手間かけるなど、大変興味深かった。調査は厳しい環境で行なわれることも多いが、このような地道で多くの労力を要する研究を続けておられる方々の存在、そしてそれらの仕事から得られる成果は大変貴重である。現在、ナガレモンイワナが生息する水域は保護されているが、今後さらなる環境保全も必要になるのではないだろうか。(安田龍司)

 

 

稚魚は意外と落ちない

安田 まず幡野さんのプロフィールからお聞かせいただけますか。

幡野 学生時代は海の赤潮プランクトンの研究を修士までしていました。もともと京都や滋賀に住んでいたことや、子どものころから魚が好きで、淡水魚を捕りに行って飼ったりしていたこともあって魚に関われる滋賀県の水産職に就職しました。就職してからの研究としては琵琶湖の水質のことや琵琶湖固有のハゼの一種であるイサザの資源に関することもやってきました。あとは二枚貝ですね。琵琶湖だとセタシジミという固有種がいるのですけれどその増殖とか。また、淡水真珠というのがありまして、イケチョウガイというイシガイの仲間なのですけれども、淡水真珠の養殖も産業としてありますので、その振興のための研究もしてきました

 

安田 マス類だけではないのですね。

幡野 そうなんです。研究歴としてはマス以外のほうが長いんですよ

 

安田 そうなんですね。では現在、マス類に関して具体的にはどのようなことをされているのでしょうか。

幡野 ひとつには水産庁の事業の中で渓流魚の禁漁による効果や、それに伴うしみ出し効果をどう評価するかということをやっています。禁漁区のしみ出し効果については事業メンバーの岐阜県や長野県でも、いろいろな側面で行なわれてますね。実は滋賀県は、禁漁区になっているところが少ないんです。そのなかの小さな川で、ナガレモンイワナがいる川があるのですが、ここのイワナの資源動向などを、長年調査をしているんです。もう私で4代目になりますね。秋にイワナを捕まえては1尾1尾個体を識別する標識をつけていく資源量調査です。この謂査に加えて、4年前からは春に泳ぎ出したばかりの稚魚にも標識をつけてどれくらい下流に移動するか、という調査も行なっています。で、興味深いのは実際に調査してみると、実は稚魚はそれほど下流へ落ちていなくて。春から秋までだとだいたい100mまでしか下流に落ちないのですね。落ちる稚魚で標識した個体の1割くらい。別の川でも調査をやっているのですけれど、2割くらいかな。ですから、下流へ落ちるのはだいたい1~2割というところですね/p> 幡野さんの仕事風景。このような小さなスポットにかがみ込んで、ナガレモンイワナの稚魚を1尾1尾すくっていく

幡野さんの仕事風景。このような小さなスポットにかがみ込んで、ナガレモンイワナの稚魚を1尾1尾すくっていく(幡野さん提供)

 

 

安田 もっとたくさん下流へ移動しているイメージでした。ということは、あまり出水の影響は受けていないということですか。

幡野 そうですね。稚魚って案外落ちるようで落ちないんです。毎年あるくらいの出水の影響は受けていないようですし、ドッサリも落ちない。高い年には生残率も20%くらいあるのです

 

安田 結構残るんですね。

幡野 環境もあると思いますが、一般に20%も生き残ったら、かなりいいほうだと思うんです。でも実はまだ話の続きがあるんです。先ほども言いましたが、私たちが調査した魚には全部個体識別標識をつけているんです。それを見ると、秋に個体識別標識して、そのあとまたこの禁漁区の下流で調査をすると、実は大きな個体もまた落ちてくるんですね、秋以降に。去年の秋ですけれど、10月ころに調査、採捕して標識したものが11月には、また下流で確認されるんです。そして、次の年の6月に見ても、大きな魚が落ちているんですよ。

 

安田 なるほど。

幡野 だから、しみ出しって春から秋とか、魚が小さいときに上流から落ちてくると思われているのですけど、実はいろんな魚がいろんな時期に落ちてきているんです。これを定量化するのはなかなか難しいのですけれど、以前には親魚も落ちてきているときもあったそうです。親魚って、普通上流に上がるというじゃないですか。実際には多分ウロウロするうちに落ちるやつもいて。だからいろんな魚が上から下に落ちてきている。これはイワナの場合ですけれど、結構複合的にしみ出しというのが起きていることが、この研究でわかってきました。この水産庁の事業では、禁漁やしみ出しの効果など渓流魚を増やすためのさまざまな研究成果が出てきていて、水産庁さんには本当に感謝しています。

 

 

競争の結果下流へ移動する

安田 稚魚は梅雨や台風の時期の出水で下流へ落ちるのではないかと想像していたのですけど……。

幡野 イワナって案外、出水しても落ちないですね。去年なんかは秋にもうずっと渇水だったんです。川幅が、狭く縮んでしまって。そのため魚の密度が高かったのです。おそらくそういうときに落ちていくのだと思っています。そのときの状況にもよるのでしょうが「魚がいられなく理由がある。理由があって落ちている」ということがわかってきたのが面白かったですね。

 

安田 競争の結果、そういう分布になっているということでしょうか?

幡野 はい、その可能性が高いと思います。

 

安田 秋以降にしみ出していく場合、どういう理由が考えられるのでしょうか?

幡野 そうですね、やはり基本的には水量が減ったりして環境が厳しくなってくるのがひとつの理由かなと思うのですけれど。あとはしみ出して少しだけ降るのではなくて結構大きく降ることがあるようなので、なかなか放流試験とかをしても見つけられないんですよね

 

安田 移動距離が大きいということでしょうか。

幡野 はい、長野県水産試験場の方がおっしゃっていたのですが、彼らは空いたところを見つけるまで、どんどんどんどん落ちちゃうのではないかと。やはりそのとおりで、あまりライバルがいないところに溜まっているんですね。つまり、いる場所がなくなって出ていったものが、居場所があるところまで落ちていって、そこに落ち着くという形なのかなと思います

 

安田 福井県の内水面総合センターと漁協さん、それから私たちサクラマスレストレーションで、サクラマス稚魚の種苗生産の共同研究をしているのですが、その時実験といいますか、ちょっといじわるをして、数日間エサの量をぐっと減らしたりすると、決まって強い個体は給水口のほうから、上へ行こうとするんですね。逆に弱い個体、必ずしも小さい個体とは限らないのですが、彼らは排水側つまり下流側に集まる傾向にあります

幡野 流下しようとするんですね。

 

安田 具体的な理由はわかりませんが、現象としては強い個体は上流へ移動しようとするし、何かの理由で弱い個体は下流に移動しようとしているように見えます。限られた環境の中での行動なので、その先どうなるのかは全然検証できていないのですけれど。

幡野 基本的には上がるほうが適応的だし、負けたやつが下流に活路を見いだすというのは渓流魚、特にマス類では合理的なんだと思います。同じ標識をした魚たちのサイズを見てみると、落ちている個体ってやはりちょっと小さいんです。

 

安田サクラマスレストレーションが扱うサクラマスの稚魚は、基本的に天然のサクラマスを親魚としているので、雌雄の成長差が非常に大きくて、当歳魚の9月で大型個体は体長25cm 、体重200gほどになります。いっぽう、小型個体は11~12cm、体重15g程度なんです。体重で10倍以上の差があります。でも小型個体が競争に負けているかというと、肥満度で比較したら大差はないようです。このためエサはちゃんと食べているけれど、遺伝的な理由などで大きな成長差が発生するように見えます。ナガレモンイワナは天然魚なので、成長の個体差も大きいのかもしれないですね。それにしても……、出水に依存して移動しているんだとすっかり思い込んでいました。

幡野 氷河期以降、ここに閉じ込められてずっと生きてのびているだけのことはあります(笑)

 

安田 本当にそのとおりですね。出水のたびに下流に移動したら、とっくに絶滅していたかもしれない。こういうことを知れば知るほど、天然魚が生息する河川は保全しなければならないと思いますね。天然魚のほうが環境への適応力は高いのでしよう

幡野 そうですね、それはあると思いますね。以前の水産庁事業で半野生魚と継代養殖魚との放流効果の違いを検証されたことがありまして、その後滋賀県の魚でも同じように放流試験しましたが、確かに野性味がある個体のほうが上流に上がりましたね。同じところにポンと入れても、放流魚はちょっと下がる傾向がありました。

 

安田 やはり、できるだけ自然再生産を最優先すべきなのでしょうね。

幡野 そうですね。可能なところは、そういうところをもっと取り入れていけたらとは思うのですけれど。

 

安田 ただ、現在の漁協さんの運営を考えると、それだけでは厳しいですね。釣り人のニーズを満たすことができない場合もありそうです

幡野 そうですね。天然再生産が盛んなところは、細い流れのところがどうしても多くなりがちなので、釣り場所とかスケールとしては、なかなか難しいところはあると思います

 

 

ナガレモンにみる再生産としみ出しの割合

幡野 あとですね、面白いのが、ナガレモンイワナがいる禁漁区なのですが、滝がありまして、その上にはナガレモンしかいないんです。

 

安田 はい。

幡野 滝より下は普通模様とナガレモンの両方が混生しているんです。ですが、どちらの模様のイワナも遺伝的には在来個体群なんです

 

安田 え?瞬間的に「きっと滝の下の魚は放流魚と交雑したんだな」と勝手に思ってしまったのですけれど、そうじゃないんですね。

幡野 そうなんです。今、近大の准教授をされている方が、以前、滋賀県水産試験場にいらして、遺伝的に調べられたのですけれど、普通模様のイワナもやはり在来個体群だったんで

 

安田 両方とも。

幡野 はい。そうなると、いったいナガレモンってどういうふうにしてできるのかなと。模様変異なので、一般には突然変異なのだろうと思うのですけれど。さらに滝の下の区間はナガレモンがすこく増えているんです。ほとんど今、ナガレモンイワナしかいないんですよ。

 

安田 混生地でもですか。

幡野 それで交配したらどうなるんだろう?と。結果どうだったかというと、ナガレモン同士をかけあわせたら、もちろん全部ナガレモンになるんですけれど、ナガレモンとここの普通模様をかけたら半々くらいになるんです。そこで、今度はナガレモンとよその普通模様をかけたら、みんな普通模様になってしまったんです。つまりは、ナガレモンって本来劣性遺伝なんです。突然変異なので当たり前なのですけれど。

 

安田 こんなにはっきり分かれてしまうものなのですか。

幡野 はい。単純に交雑したらそうなりますね。ナガレモンのいる川の普通模様なので、単純なメンデル遺伝をするとしたら、見た目は普通でも、ナガレモンの遺伝子を半分持っている。ですが本来、劣性遺伝なので、あの中で普通模様と一緒にいたら普通模様が増えるはずなのです。それなのに増えない。ナガレモンの割合が多い。これはどうしてかというと、結局、滝の下の場所では最近、再生産をしていないということなんですね。

 

安田 ああ、なるほど……そういうことですか。

幡野 滝の下流部は再生産が低調であるということじゃないかと。再生産していたら、普通だったら減っていく。でも増えるということは……、増えるというか、維持されているということは、滝の上からの供給される個体群で、ここは成り立っていると。

 

安田 先ほどの、しみ出しは少ないけれど、滝下の再生産よりは多いということですね。

幡野 実際にはこの滝の下は砂がすこく多くて

 

安田 再生産に向かないんですね。

幡野 そう、向かない可能性があるんですよね。でもここも、しみ出しの効果なのではないかと。本来はたぶん、減っていくはずのナガレモン模様が、なぜ増えていくのかという理由が、しみ出しではないかなということなんですよね

 

安田 遺伝的に考えたら増えるはずがないですからね。

幡野 増えるはずがないものが生き残って増える。おそらくナガレモン自体が適応的でもないと思うので

 

安田 面白い話ですね。魚の模様が明らかに違うから、どこからしみ出してきたかがわかりやすい。

幡野 そうなんですよ。なかなか目に見えるような実験をやるのは難しいのですけれど、ここはたまたまこういう特殊な模様があるので。本当は下流でもちゃんと再生産できる環境であるべきだとは思うのですけれど。

 

安田 一歩進んだしみ出し効果の仕組みが解明された感じがしますね(笑)。

幡野 実際にはしみ出し効果がみられないない年もあるんです。下流側でぜんぜん捕れないときがあるんで

 

安田 何らかの理由で初期減耗が大きかったのでしょうか。

幡野 多分そうですね。春先の稚魚の捕れ具合はそれほどに変わらなかったので。あとは、落ちなかった可能性もありますし。上流で場所も空いて、落ちる動機も、必要もない年もあるのではないでしょうか。でも全体として見ると、個体群がしみ出してずっと維持される。そういうのが仕組みとしてあるのかなと思います。

flyfisher photo

滝の上下でのナガレモンイワナの個体数を記録したグラフ。滝下の個体数が増加傾向にあるのは、しみ出しの効果、逆にいえば再生産の減少を意味していると考えられる(幡野さん提供)

 

 

稚魚の採捕は1尾1尾行なう

安田 具体的にはどのように稚魚を調査されるのでしょうか。

幡野 小さいときに、もう2cmとか、浮上したてくらいの個体を現場でアブラビレ切って標識をしていま

 

安田 大変な作業ですね、それ。

幡野2~3cmの稚魚を2OO~300尾、標識するのですけれど

 

安田 そのサイズだとアブラビレなんて点ですよね(笑)

幡野 2.5cmくらいの稚魚ではアブラビレができかけくらいですね。もうあと何年かしたら、この作業は細かすぎてできなくなるなと思いながらやっているんですけれど(笑)。捕ることはほかの人と一緒にやってもらうのですが、切るのは慣れないと難しいので、私しかいなくて

 

安田 なるほど。

幡野 ちなみに、標識するとき、全部タモ網ですくうのですよ。

 

安田 えっ!それ、もうちょっと詳しく……(笑)

幡野 私が標識している魚が2~3cm。それでは電気ショッカーであまり捕れないんですよね。

 

安田 礫の隙間にいますからね。

幡野 はい。基本的に、ショッカ—って魚の体に電気が流れて吸い寄せられるというか、それでマヒするんですけれど、、小さい魚、体が短くなればなるほど、電気が流れる距離が短いので感電しにくいんですね。ショッカーの効きめって電気の流れる距離によるので、だからウナギはよく捕れるけれど、小さい魚って捕りにくいんです。それで、仕方がないので網で捕るんですけれど……。

 

安田 それはもう、川の中で金魚すくい状態でしょうか?

幡野 ちょっと難しめの金魚すくいですね(笑)

 

安田 使う網は小さいですね(笑)。大きい網を使うと石のすき間に入らないからですね。

幡野 そうです。これが一番いいサイズなんですよ。稚魚は石と石の間、それほど流れがない、落ち葉がたまるようなところにいますので。これを1日やるんです(笑)

 

安田 腰痛そう(笑)。

幡野 で、現地で生えていたササの枝を石のすき間に入れて追い出してくるんですよね。

 

安田 なるほど。先にリボンでもつければいいのにと勝手に思ったんですけれど。

幡野 それだと逃げるんです(笑)。不思議なことに自然のものだと、案外に変な反応をしないんですよね。

 

安田 魚から見ると、よく流れてくる物のひとつ、みたいな感じなのでしょうか。

幡野 きっとそうですね。

 

安田 でも、出てきたからといってこの小さい網ですくうのは大変ですよね。1尾、1尾拾っていくのですか。

幡野 基本、そうです。効率は悪いんですけれど、結局この方法じゃないと、なかなか集められなかったので。稚魚ってそんなに何尾も群れていなくて。でも、こんな稚魚でも、一番いいところに一番大きいのがいるんですね。たかだか2~3cmの、もう0.1とか0.2gの世界ですけれど、それでもやっぱり一番いいところ、流れの当たるところに大きいのがいて、弱いやつは隠れているんですね

 

安田 へえ、そんなに小さい時から違いがあるのですね。

幡野 その時点で既にもう、縄張りが。だから大きいやつを捕ってしばらくすると同じ場所に別の魚が出てくるんです。

 

安田 それは重要なテクニックですね(笑)。それで水深がどのくらいのところをねらうのですか。

幡野 いるところがそもそも、水深がlOcmくらいまでのところです。深い側にはどうしても1歳魚以上がいるので。

 

安田 網で稚魚を採捕した次の工程はどうなるのでしょうか。

幡野 この仕事はそこで全部標識しちゃいますのでアブラビレを切ります

 

安田 それは麻酔を使うのですか。

幡野 もちろん麻酔はしますよ。魚を傷めないよう必ず手を冷やして、薄いラテックスの手袋をしてからそっと持っています。それを解剖用というか、手術用の細かいハサミでアブラビレを切ります。

 

安田 稚魚を持つときは細心の注意を払わないと潰れてしまいそうですね。そのうえ、ちょっと間違えると、アブラビレと尾ビレを一緒に切ってしまいそうです。それからデ—夕を取るということは、採取した全個体の測定をするわけですね。

幡野 はい、そうです。測定して尾叉長、体長も測っていますけれど。重さなんてね、水のほうが……。体長は尾叉長です。ほぼ全長になりますね

 

安田 この極小サイズを調査するのは、本当に大変ですね

幡野 「なんでこんなことをやっているんだろう」と思いながら(笑)。

 

安田 しみ出しを研究している方々は、皆さんこういうことをやっていらっしゃるのですか?ここまでマニアックにやっている人は……(笑)。

幡野 このサイズをやっているのは、いないですね。

 

安田 幡野さん、なぜこんな小さいサイズを……。

幡野 いや、だって最初に落ちてくるから(笑)。小さいの捕らんとあかんやん、と思って、しみ出しのスタ—卜を押さえようとするとこうなった、というだけですね。

 

安田 ……(笑)。老眼の人には難しい調査ですね。

幡野 そうですね。あと何年できるかと思いながら。私も40半ばなので。目がちょっと疲れやすいなと

 

安田 しかしこれは大変な調査ですね。今からでも若手を養成しておかないと(笑)

幡野 本当にそうですよね。

 

 

再生産を担保するために

安田 産卵調査などは行なっているのでしょうか。

幡野 イワナの親魚放流の試験もしていまして。それは親魚を放流して産卵させて、発眼卵を掘り出すまでがワンセットなのですけれど。滋賀県だと産卵期が遅くて,発眼するのが1月の上旬になるんですね。正月明けの最初の調査で行なっているんですけれど。これもね、最近雪がたくさん降るじゃないですか。林道が雪で止まっていて。仕方ないので雪の中をカンジキ履いて歩いていくんです。

 

安田 これも大変ですね(笑)。

幡野 で、ちゃんとしたところに産んでいれば天然で産んだものは発眼率は8割とか9割はあります。

 

安田 親魚放流の効果を発眼卵の時点までで検証するということですね。そしてその成績は悪くない

幡野 そうですね、やっぱりいいですね

 

安田 やはり産卵環境でしょうね

幡野 そうですね。でも減っているところもあるんです。

 

安田 やはり環境が悪かったら……。放流には発眼卵、稚魚、親魚などがありますが、環境に問題があると増殖は難しいですね

幡野 そうですよね。継続性ということもないですし。やはり再生産をどうやって担保していくか、それにつなげていくかということが重要だと思うんですよね。それもいろんな局面でやっていかないといけないなと思います。

 

安田 経済的なことも考えてやらないといけないですしね。

幡野 そうなんですよね。現実的なことも加味して考えなくちゃいけませんし。

 

安田 ない袖は振れないわけですね。

幡野 そうですね。私たちは地方水試なので、やはり漁協さんに向けた取り組みが中心になるのですけれど、できないことをいっても仕方がないの

 

安田 そうですね。滋賀県では、たとえば漁協さんと釣り人、あるいは市民と連携して「川の衰境をよくしましょう」「魚を増やしましょう」などの組みなどはあるのでしょうか?

幡野 そうですね。愛知川漁協さんというところでは、河川礫境・河川保全に熱心なところなのですけれど、去年くらいからかな、結構上流なのですけれどビワマスが上がってくるんですよね。漁業権魚種ではないですが、ビワマスが遡上できるように、「堰堤に魚道をつけよう」というような取り組みを始められています。

 

安田 なるほど。釣り人だけでなく、流域の人々にも河川環境や水生生物に関心を持ってもらえると活動が広がりそうですね。シンボル種があればさらに注目されやすいと思いますが、滋賀県ではやはりビワマスでしょうか。

幡野 そうですね、ビワマスです。野洲市でも地元の方々が行政や企業の方たちと一緒になって活発な活動をされています。産卵床造成や,魚道の設置のほかにも,フォ—ラムに市民の方にも来てもらって活動を紹介することもやっていますね。また、地元の自治会の方とも一緒に密漁監視もされているんですよ。

 

安田 それはすばらしいですね。

幡野 そうやって知ってもらうことで、逆にそのような、散歩する一般の人たちの目にもつくようになるというか。だからおっしゃるとおりに、力になってくれるのは、川や魚が直接好きな人だけじゃないのですよね。

 

安田 多くの方に川や湖、魚に関心を持ってもらうことが大切です

幡野 そうですね。まず関心を持ってもらう。そしてそれが認知をしてもらうことにつながりますからね。認知されていなかったら、もしも魚がいなくなったって、はじめからいないことと一緒ですからね

 

 

ナガレモンイワナの稚魚

右/ナガレモンイワナの野生の稚魚。このサイズの魚を1 尾ずつ計測し、アブラビレをカットして再放流するという、頭の下がる作業を繰り返す(幡野さん提供)境での稚魚。奥の個体はすでに模様が流れている(幡野さん提供)

 

 

flyfisher photo

右/幡野さんがこれまで試した捕獲網のバリエーション。白や黒い網のものは稚魚が詈戒して逃げていまい、捕獲しにくいのだとか左/メインで使用している網。ネットは稚魚に警戒されないよう、落ち葉と同じ色に自分で染色。先端にカミツブシオモリを取り付けることによって、巻き返しでもネットの形状が安定しスムーズにすくえるようになった

 

 

 

 

2024/1/10

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