LOGIN
Little Bell

「アラレガコ」が 教えてくれること

アラレガコが残る環境とは?

安田龍司=聞き手 編集部=文と写真

この記事はFlyFisher No.306に掲載されたものを再編集したものです

はじめに

田原先生とはサクラマスレストレーションの活動などで10年以上のお付き合いが続いているが、いつもそのフットワークの軽さに驚かされている。たとえばフィールド調査ではエレクトリックフィッシャーや計測機器など、必要な道具類が満載された調査専用?のスーパーカーで、どこにでも駆けつける。インタビューでは田原先生が研究されているカジカ類、中でも福井県・九頭竜川のアラレガコ(標準和名カマキリ)の研究と保全活動が話題の中心となったが、活動を前進させるためのプロセスや苦労話は私たちの活動と共通していることが多く、保全活動などをされている方の参考にもなるのではないだろうか。お付き合いが長いこともあって、思い出話のようになってしまったところもあったが流域の人々や漁協と連携して行なわれている研究や活動も多く、さらに海外での研究など、まだまだお聞きしたいことはたくさんあるので、次の機会が楽しみだ。(安田龍司)

 

 

《Profile》
田原大輔 福井県在住。アラレガコの以前は、「エビの成熟」や「魚のエラ」などの研究を進めていた。九頭竜川の環境を改善するために、安田龍司さんとともに長年取り組んできた。

 

《Profile》
安田龍司 その活動が認められ2017年に第19 回日本水大賞·環境大臣賞を受賞したサクラマスレストレーション代表。サクラマスの産卵、川の物理環境(護岸、底石など)の調査、小学校での発眼卵観察と放流、研究者が集まるシンポジウムでの講演、河川管理者への保全区域のアドバイスなど、サクラマスを指標種として利用し、河川環境全体を改善する取り組みを15年間続けている。幣紙ではおなじみ、本流フィッシングのエキスパート。シマノインストラクター

 

 

アラレガコが残る環境

安田 まず田原先生のこれまでのプロフィールをお伺いしたいのですが

田原 はい、私は岐阜県の多治見市という街で育ちました。岐阜県は海がないので川で釣りをしたりするうちに、この分野に興味を持ちました。中学生の頃、担任の先生に「北大に水産をやる学部があるよ」と教えていただいて「こういう道を行きたいなあ」と思って目指すようになって、なんとか運よく研究職に就けたのです。今は河川のこと中心にやっていますが、それまでは全然違う研究をやっていました。そんな中で、巡り巡って九頭竜川の「アラレガコ」という魚に行き着きました。この魚は国の天然記念物に指定されています。アラレガコは以前から福井県が「養殖魚のひとつとして新しく普及できないか?」という事業をやっていましたが、それで私も「これ、面白そうだな」と思ってやり始めました。しかし間もなく県が「事業を終了する」ことになってしまったので、「いや、ちょっと待って」となって、それまで福井県がやってきたアラレガコの養殖とか育てる技術を全部私が引き継いで今、このように続けています。そもそもこの分野は自分の得意とするとこるではなかったのですが、ほかに誰もやる人もいなかったので、自分ひとりでやるしかなかったですね

アユカケ

アラレガコの石化け。待ち伏せして小魚を捕食する。標準和名はカマキリ。川で生活し、海で産卵するとう生活史を持つが、魚体より大きな構造物を乗り越えることはできない。釣り人にはアユカケというほうがとおりがよいかもしれない(田原さん提供)

 

 

安田 おひとりで始められたのですか?

田原 はい。だからここ(福井県立大学小浜キャンパス)にいるほかの分野の先生にいろいろ教わったりしましたね。もともと養殖のほうに興味があったので、そちらでやっていこうと考えていたのですが「じやあ天然のアラレガコはどのくらいいるのだるう?」と思って調査をしてみたのです。アラレガコは海で生まれて川に遡上する降河回遊魚です。アユとかサケ・マス、ハゼなどはちょっとした堰の落差を自分で越えることはできますが、この魚は自分の体長と同じ落差でも越えられないんですよね。全国あちこちの川で調査をしたのですが、どこでも河口から最初の堰の下に溜まっていました。それを見た時に「ああ、もうちょっとその辺りの分野をうまく変えたいなあ」と思ったのです。それもあって最近はアラレガコの生態や、彼らが生息する河川の魚道をどうやって改修していけばいいのかなどを考えています。そしてその先には川と海を行ったり来たりする彼ら本来の生活を取り戻し、自然繁殖を繰り返すことができる環境を回復できればと考えています。だからやり始めたらいろいろと新しいことを知るようになり、必然的にあれもこれもやらなくてはいけない状況になりました。九頭竜川ではアュ・サクラマス・アラレガコの3 魚種が全国に誇れるシンボルフィッシュです。九頭竜川を昔の姿には戻せませんが、少しでもそうなる方向へと安田さんたちと一緒に活動するようになりました。

 

安田 もうかれこれ15年くらいのお付き合いになりますね。もう時効だからお話ししますが、最初は「大学の先生にしては変わったことに興味があるな」と思いましたよ(笑)。あと、私たちサクラマスレストレーショ
ンが中心に扱っているサクラマスは、九頭竜川の中ではいちばん遊泳力が強い魚ですけど、アラレガコはまさにそれとは対照的な魚ですね。だから川の環境を保全・改善しようと思ったら遊泳力の強い魚と弱い魚の両方にとってよい環境を回復できれば九頭竜川全体をよくできるだろうということで「田原先生が一緒に活動してくれたら心強いね」つて仲間といつも話していました。ところで、そもそもアラレガコってどういう魚なのでしょうか?私たちには慣れ親しんだ名前ですが全国的には知らない方もいらっしゃるかもしれないので

田原 アラレガコという名前は福井県、その中でも九頭竜川流域だけでの地方名ですね。標準和名は「カマキリ」といいます。鯉蓋にある鋭い鎌のようなトゲでアユを引っ掛けるといわれていて「アユカケ」とも呼ばれています

 

安田 標準和名は「カマキリ」のようですが「アユカケ」のほうが知られていますね

田原 そうですね。アラレガコはウナギと同様に海で卵を生みます。ウナギは太平洋の真ん中で産卵しますが、アラレガコは河口の近くで産卵します。冬の間は沿岸の砂浜のようなところで育って、春に5cmほどに成長すると、川の底をゴソゴソと這うように上ってきます。そして夏には中流から下流で、主に魚を食べるようになります。最大では30cm という記録もありますよ。成熟して卵を産める大きさになると海に下っていきます。平均寿命でいうと2年くらいですね。このように海と川の両方を利用するので、海にも河川にも彼らが生活できる場が残っていないとダメなのです。河川では石の隙間にいることが多いので、浮き石が多く残る河川環境が必要になります。

 

安田 堰がなければどれくらい上流まで行けるのでしょうか?

田原 河床勾配にもよりますが、九頭竜川の昔の記録をみると、河口から40~50kmの大野市あたりまでが生息域になっていました。構造物がなければ50S60km は充分に上がっていくような魚で

 

安田 川底を這って移動する魚がそれだけの距離を移動するってすこいですね。サクラマスとは行動がまったく逆。アラレガコは河口周辺で産卵した後、稚魚が川に上がってくる目的はなんでしょう

田原 もともとこの魚の祖先は海にいたのですが、進化の過程で川に上るようになったのです。海の中では敵も多いし、それほど大きくなる魚ではありません。だから成長する場所だけを川の中に変えていったのでしょうね。ただ、繁殖の場所を変えるというのはなかなか難しいので、そこだけは以前のままのようです。そして面白いのが、この魚は日本海側一面、太平洋側では茨城県から宮崎県まで分布しているのですが、この福井県の九頭竜川は数が多くて大きいということもあり唯一、アラレガコを「漁でとって食べる」という食文化があったのです。江戸時代の書物「日本山海名産図会(1799年)にも「越前霰魚(えちぜんあられうお)」が地元の名産として全国に紹介されているのです。この流域にそういう食文化もあった由来で、天然記念物に指定されたのです。

 

 

「食べる」ことが認知に繋がる

安田全国的にも数は少ない魚なのでしょうか。

田原 そうですね、自由に海と川とを行き来できなくなっているということもあって、環境省の絶滅危惧種に指定されています。川の中でほかの魚を食べるのでエサとなる魚がいないとアラレガコも生きていけなくなりますから、そういう面からも川の環境に左右されてしまいます。国交省の調査でもカジカ類とカマキリは、海と川の連続性の指標種になっています。この魚がいる、いない、どこまでいるか?ということが、海と川の繋がり、つまり河川連続性の指標となるということですね。

 

安田 アラレガコやサクラマスなど、生息範囲が広くないと生きていけない魚というのは、河川と海洋の環境変化の影響を受けやすいので、指標種として適しているのでしょうね。あらゆる生物を調べることは困難ですが、対局にあるこの2 魚種を指標種として扱うとその川の環境が見えてきそうですね。それからこのようなシンボル種がいると流域の人々の理解も得られやすくなります。

田原 九頭竜川でのアラレガコの位置づけというのは、昔からのストーリーがありますから「なんでこの魚を保全しなくちゃいけないか」とか「食文化を継承しよう」と説明するときにこの魚は象徴的ですね

 

安田 サクラマスレストレーションの活動を始めた15~16年前は、サクラマスよりアラレガコのほうが認知度は高かったかもしれないです。私たちが活動を始めた頃は「サクラマスって何?どこにいるの?」つていう人が多かったですから。でも近年では2 月1日の解禁日には報道もされるようになりました。

田原 逆にアラレガコは、昔は地元になじみがあったのですが段々と認知が減ってきました。最初の頃、漁協に行って「アラレガコを守りたい」とお話ししても「アユを食う魚なんか何とも思わない」みたいなことを言われましたけどね(笑)

 

安田 同じことはサクラマスでも言われましたね(笑)

田原 そんなことからいろいろ活動してきて、今では12月になると漁協組合が「エバ漁」という漁法で「昔はこういう漁をしていました」という「エバ漁見学会」をやってくれるようになりました。「アラレガコはまだいるか」という生態調査の目的で実施してもらっています。

 

安田 「エバ漁」もやらなくなったら、本当に継承されなくなってしまいますね。

田原 そうですね。

 

安田 やはりシンボル種となるような魚のことを、漁協はもちろんのこと地域の人々に正しく理解してもらうことが重要ですね。それができて初めて喋境保全改善につながっていくと思います。

田原 近年これだけ災害が多くなると、治水を最優先せざるを得ないことも多いので、河川環境の保全が軽視されてしまいます。治水工事の際に、その予算の枠内でちょっとひと工夫の自然再生、たとえば、発生した石で瀬や淵を創出させるなどの配慮が今後は必要になってきます。私が「アラレガコを守りましょう」ってやり始めた頃は、見たことも食べたこともないという人が多かったので「これはこのままやっても、関心のあるこくわずかの人にしか伝わらない」と感じて、まず、今ある養殖技術をうまく利用して「食べられますよ」と食文化の復活から流域の人たちに知ってもらうことを目指しました。その後、アラレガコの認知度が高まってから保全の動きにしたほうがいいかなと。このことは活動を始めてからすぐに痛感しましたね。そこで「アラレガコの食文化復活」に重点をおいて活動し、今では、食文化が回り始めたので、次は九頭竜川のアラレガコをどうやって守っていくかということでエバ漁を再現するなど、九頭竜川のアラレガコ保全に少し舵を切り始めたという感じですね。

 

安田 食文化のことを最初に取り上げたのは「九頭竜川プロジェクト」でアラレガコとサクラマスを一緒にやった時でしたね

田原 そうでしたね。ちょうど大学内で関心を持って下さった地域文化を専門にやられている先生がいて、学内で「九頭竜川プロジェクト」のひとつに入れてもらったのですよね。そこでアラレガコの試食会を2 回続けてやりましたね。

 

安田 「食べられる」ということもあって、けっこうたくさんの一般の人にも来ていただきました。

田原 このようなきっかけがないと、一般の人々に伝えることは難しいかもしれません。

 

安田 「食べる」ということは、生き物にあまり興味のなかった人々に興味を持ってもらう、一番分かりやすい方法ではないでしょうか。

田原 それにこの地域にはもともとアラレガコを食べるという食文化があったことも大きいと思います

アユカケの料理

アラレガコは九頭竜川の名産として江戸時代から全国に知られていた。釣りをしない人たちに認知してもらうためには、「食」も重要なア
プローチ。ちなみに刺身がギョッとするような色だが、美味(田原さん提供)

 

 

安田 そうですね。サクラマスも「葉っぱ寿司」という食文化が九頭竜川にはあったので、「じやあ一緒に食文化としてやりましょう」ということでしたね。

 

 

九頭竜川での理想の環境とは

安田ところでこれまでいろいろな活動をご一緒させていただきましたが、一番長いのは……。

田原 一緒にずっとやってきたのは森田公民館の「サクラマスサミット」ですかね。九頭竜川のアラレガコ生息地の最下流に福井市森田地区という場所があるんです。そこが最初にサクラマスに興味を持ってくれて。というのも森田地区の九頭竜川の堤防に春になると全国から車がたくさん集まって、怪しい格好でうろついている。まあ全部釣り人なのですけど(笑)。で、地元の人は「この人たちはいったい何をやっているんだ?」って、安田さんのところに聞きにきて、それをきっかけに「サクラマスの勉強会」というものをやるようになったのですね。私は3 回目あたりから参加して「ここにはアラレガコという魚もいますよ」と話をさせてもらいました。そうしたらその公民館がアラレガコのキャラクターを作って、コミュニテイバスにラッピングしてもらったりしましたね。昔は、地区内の森田小学校の前の九頭竜川でアラレガコの漁をやっていたんですね。そんなこともあって公民館や森田小学校でサクラマスとアラレガコの環境学習をずっとやるようになりました。

 

安田 そうですね。河川環境や魚類について広く知ってもらうことはとても重要ですね。

田原 興味ある人は、放っておいても自分で積極的に調べますからね。パンフレットを子供たちに持って帰ってもらって、児童の家族に見てもらうだけでも充分な普及効果はあると思います。まずはアラレガコがすたれないように、なんとか継承して形として残していく。アラレガコが増える、増えないはもっと先の話として、現在は認知の広がり、そして周知していく段階ですね。ただ、県の水産課は内水面養殖を普及させようという立ち位置でやっていたので、九頭竜川での保全・増殖などは業務外になってしまうのですね。河川の生息環境の改善には、国や県の土木部との連携が必要になりますから。

 

安田 でも近年、福井県では土木部との連携もできるようになりましたね。

田原 サクラマスと合わせてできるようになってきました。

 

安田 田原先生の目指す理想とはどのような状態でしょうか。

田原 アラレガコに関しては昔のようにとって食べるほどの数には戻らないとは思っているので、彼らが今の一定のキャパシティの中で生きていて「漁協がエバ漁をやっても毎年捕れるね」という状態が続くこと、あとは九頭竜川の天然記念物の指定範囲は国交省や福井県が河川管理者なのですが、河川工事の際に環境や水生生物への保全対策を、私たちが何もいわなくても実施できるようになることが今一番考えられるゴ—ルでしょうか。アラレガコなどの生き物が生息できる河川環境を保全するための対策を河川改修事業の中でも少しでも取り入れていただければということですかね。

 

安田 なるほど。それで今は何合目くらいでしょうか。

田原 そうですね、今は種苗生産技術の改良に関する卒業研究をやるようになってきているので、2 合目くらいかな。安田さんのサクラマスのほうはいかがでしょうか?

 

安田 サクラマスだけで考えたら「自然再生産が持続できて特に心配しなくても放置しておける」となったらゴールでしょうか。人工産卵場造成を行なわなくてよくなることも含めて

田原 なるほど。では今は何合目くらいですか。

 

安田 2019 年頃には「5合目くらいまで来たかな」と思ったのです。それまではサクラマスがどんどん増えていきましたから。

田原 いや、あの頃はうらやましかったですよ(笑)。 「すこいなあ、こんなに効果が出てくるものなんだな」と思っていました。

 

安田 ところが2020年以降、1合目に戻った感じですね。その原因は河川ではなく、海洋環境の変化が大きな原因ではないかと考えています。つまり温暖化の影響ですね。河川環境の変化で減少している可能性ももちろんありますが、減少幅が大きすぎます。l昨年の産卵調査が過去最低レベルに減って以降回復の兆しが見えません。サクラマスは3 年周期の魚なので、3 年前の産卵数が分かっていれば、今年の産卵数はある程度予測できます。2019 年の産卵は過去2 番目に多かったので、2022 年はそれなりに多い年のはずであったにもかかわらず回復しなかったのです。サクラマスレストレーションの活動を始めるより前のレベルに戻ってしまいましたね。

田原 産卵数が少ないということは単純に遡上数が少ないということですか

 

安田 そうですね。でもそれほど河川環境が大きく変わったかというとそれはない。だけどこれだけ激減したということは海洋環境の変化が原因ではないかと。だから今「田原先生いいなあ」つて思っています。ひとつ上の2 合目だから(笑

田原 でもこういうことはあまりゴールを設定しないほうがよいかもしれません。

 

安田 そうですね。今、ゴールの話をしたけれど、数年後には違うこと言っているかもしれませんし。それはもうしょうがないですよね。河川を取り巻く環境が刻々と変化していくわけですからね。自然のことを扱いだしたら、考え方は柔軟でないといけないと思います。ところでアラレガコの個体数は増えているのでしょうか?

田原 そうですね、エバ漁で調査をやっていただいて「もっと捕れないだろう」と思っていましたが、まあまあそれなりに捕れて、昔のような大きい個体も入っています。のアユの遡上調査の中にも入っていますので、現状では増えているわけではないのですけれど、減ってはないであろうというところでしょうか。ただ、以前は鳴鹿大堰という堰をほとんど越えられないと思われていたのですが、何年かに1回はこの上流で捕れたということもありました。前はまったくなかったことですが、そういうことも分かってくるようになりました。

 

安田 鳴鹿大堰の魚道への流量調整と河川の水量の変化など、何かタイミングが合うと魚道を遡れるのでしょうか

田原 鳴鹿大堰にはアラレガコにもサクラマスにも最適な魚道が設置されているのですが、うまく魚道が機能しなかったのは魚道への流量が不足していたようで、流量を調整することで改善できたと思います。魚道の機能に問題があると作り直しということもあるかもしれませんが、流量を調整するだけで効果が出たことは大変意味があると思います。

 

安田 現在、河川工事が計画されると事前に「こんなふうに計画していますが、環境保全対策はどうしましょう」と声をかけていただけるようになっていますね。

田原 アラレガコの場合は天然記念物として生息域も指定されていて、必ず文化庁に許可申請をしなければいけないので、専門家の意見としてこちらに聞いてきてくれるようにはなっていますね。

 

安田 九頭竜川全体でみたときに、アラレガコが天然記念物になっていることで、そのほかの生物への好影響も期待できますね

田原 そうですね、生息場所も含めて天然記念物に指定されている効果は大きいかもしれません。

 

安田 私が九頭竜川の環境やサクラマスに興味を持ったのもそういう効果があったからかもしれません。九頭竜川に来る前は、長良川で釣りをしていたのですが、当時の長良川には河口堰がなかった。だからサツキマスが遡上することは、なんの不思議もなく、当然と思っていたのです。でも九頭竜川に来てみると、鳴鹿大堰はあるし、上流にはダムも複数あり、落差エもある。それで「なぜここにサクラマスがいるのだろう?」と思うようになったのです。当時は釣り人目線で見ていましたから、長良川と比べて決してよい環境には見えないのにサクラマスが釣れることが不思議でした。それでいろいる調べていくと、意外と自然が残されているという印象でした。そして田原先生と一緒に活動するうちにア
ラレガコのことも詳しく知り、「これはアラレガコのおかげかもしれない」と思うようになったんです。そもそも九頭竜川が天然記念物に指定されたのは、いつ頃なのでしょうか?

田原 昭和10年ですね。魚だけでなく、生息している場所、漁法とかも含めて守っていこうということで「九頭竜川の生息場所を天然記念物にしましょう」ということになったみたいです。

 

安田だから先ほど、田原先生が紹介された、調査でやっている「エバ漁」もできるわけですね。単純にアラレガコだけが天然記念物だったら「漁で捕るなんてとんでもない」ってことになりますが、昔の漁法も含めての天然記念物ですし、それに乱獲するわけではないですからね。昭和10年に天然記念物に指定された後もアラレガコの生息数は減少したのでしょうか。

田原 天然記念物に指定されても鳴鹿大堰の上流にはいるいろな構造物が作られましたからね。

 

安田 そうですね。治水と環境保全はバランスが難しいですからね。ましてやそういう構造物が作られたのが古い時代のものであればなおさらですね。その中で一番新しいものは鳴鹿大堰ですね。

田原 そうですね。それ以前の物は作られた年代が古いですから。

 

安田 昭和10年に天然記念物に指定されたのは古いほうではないでしょうか?

田原 確か昭和10年に、全国いっせいに天然記念物という制度が作られたらしいです。

 

安田 なるほど。江戸時代からの長い歴史と伝統があったから指定されたのでしょうね

田原 天然記念物になったのがアラレガコの魚単体ではなかったということが大きかったのでしょうね

 

 

積み重ねたデータの重要性

安田 アラレガコは九頭竜川の守り神だったかもしれませんね。全国のほかの河川でこのような調査を行なっているところはあるのでしょうか。

田原 いや、カマキリ、アユカケだけをというのはないですね。ただ、私たちは兵庫県の北部の川でも調査を行なっています。そこもカジカ類がたくさんいる川なのですが、ちょうど今、そこで魚道改修を行なっているのです。ここでもカジカたちは堰で上流に上れなくなっているので、この改修工事で上れるようになれば、改修した魚道が機能しているという証明になるので、兵庫のほうまで行ってそういう調査をしています

 

安田 なるほど、そうですか。

田原 改修工事が始まる2 年くらい前に「河川全体で魚道改修工事が始まる」と聞いていたのですよ。このような工事はだいたいどこも作りっぱなしなので、事前と事後の評価のデータがないのですね、だからこれはチャンスだと思って、お願いして入れてもらったのです。

 

安田 それはよいタイミングでしたね。

田原 今までこのような魚道というのは、作った魚道を何尾通過していったかという評価の仕方だったのですが「魚道の下に1万尾いて10尾上った」ということと「魚道の下に100 尾いて10尾上った」のではぜんぜん評価が違ってきますよね。ですから今回は、魚道を通過した数ではなくて、堰の上と下で調査をして、そこにどれくらいの密度差があるかをモニタリングしています。ちょうどそれを実践できる場所が兵庫県の川だったので今、毎月行って調査をしているところです。このような魚道の調査というのは、行なわれないことが多いので。ただ、事前にこの川にはどのような魚がいて、どのような分布になっているかという調査も行なわれています。

 

安田 河川環境のことを考えると何かがあるからと、慌てて調査するのではなく、日頃からある程度データは持っている必要がありそうですね。

田原 安田さんがずっと実施しているサクラマスの産卵場調査というのは10年以上やってこられているので、そのベースとなるデータがあるからこそ、今、増えたとか減ったとか危ないということが分かるようになったのですよね

 

安田 そうですね。デー夕を長く取ってきたからこそ、わかったことは多いですね。やはり魚道というのはアラレガコのような魚にとっては相当に影響の大きい構造物なのですよね?

田原 利水の観点からすると、どの川にもなにかしら堰というものは作られます。でも最近はどの堰にも魚道は付くようになってきました。ただ従来の水路型の魚道は「内水面の漁業対象の有用魚種の遡上を回復させるための魚道」なのです。すなわちサケとかアユとかなどの魚が通るための魚道ということですね。そのような魚道では流量や落差に問題があって、小型
の魚や甲殻類などが上れないことが多いんです。ですから、今はいろいろな生物が利用できるような魚道を付ける必要があります。そうしないと有用種の数は増えてもほかの生き物の数は回復しないですからね。現在では1 個数千万円もする高い魚道をひとつ付けるより、安価でさまざまな生き物のための魚道を複数付けようという取り組みもありますよ。それをやっているのが先ほどの兵庫の川で、そのような河川でのプラスのデータが取れれば、その効果を全国に展開することで、もう少し川の環境改善につながるのではないかと思っていま

 

安田 生物の種類によって適した魚道の構造に違いはあるのでしょうか

田原 たとえば甲殻類とか、小さい生き物は水際の浅いところを移動します。このため水際の浅く流れの緩いところを移動できる構造の魚道が必要になります。従来の魚道は水路型なので、緩いとこるがありません。そこで側面を斜めにしたり、簡易的に石を積んで、プールを作りそれをつなげたりして移動しやすくしています。魚道内の流量が変化しても、魚道内のどこかに浅く流速の緩い部分ができる、というように流況に合わせていろいろな場所ができるような魚道です。このような魚道もだんだんと整備されるようになってきました。そうすればあとは生き物が自分に合った魚道を選べばよいわけですからね。従来型の魚道も機能はしているのですが、その対象があまりにも狭かったのですね。ですからもっといろいろな生き物のための魚道を付けていかないといけません。

 

安田 このような新しい魚道ができたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

田原 こういう整備をしているのは先ほどお話しした兵庫県の川ですが、1 河川だけでなく、3 つくらいの川でやっています。それも水産系ではなく、農業系の部署、たしか「土地改良センタ—」がとりまとめをして「自然再生」という名目で大きな予算を引っ張ってきたらしいです。田んぼに水を引く農業用の取水のための堰ですね。この地方には、こういった農業用井堰が多く残っていて、それを改良して河川の連続性を回復させようという事業で、魚道の改良も行なっているのです。

 

安田 全国でもまれな事例ですよね?

田原 本当にそうですね。こんな夢のような事業があるのだなと思いましたし、またそれをやっているのが水産系ではなく農業系の部署というのも初めてでしたね

 

安田 それは素晴らしいことですね。やはり環境保全への理解があるのでしょうか

田原 この事業の担当者に講師として福井に来ていただいたのですが、よくよく話を聞くと漁協とか地元の声が相当上がって、それが行政を動かしたということみたいです。ほかにも「応用生態工学会」という全国組織があってコンサルティングとか研究者が集まって勉強会をするのですけれど、福井県にも支部がありまして、私もそこで会長をやっています。私がいる若狭地域の南川にも大きな堰がありました。そこの漁協も昔から「魚道をなんとかしてほしい」と言っていたのですね。そのことを勉強会のテーマとして取り上げたら、かなり時間は掛かったのですが10年後くらいに土木のほうから「ちょっとここを直したいので」となって、いろいろな生き物が上れる魚道を付けることができました。勉強会をやるときは河川課や河川管理者に声を掛けて「こういう問題点がありますよ」と情報共有をしていました。そうしたら忘れた頃に予算が付きましたからね。

 

安田 やはり情報を共有することは重要ですね。

田原 「直してくれよ」だけだと、ほぼダメですね。具体的に「ここをこうしたほうがよいのではないですか?」という提案<らいまでの資料を渡して、それを部署内に残してもらえば、いつか予算に余裕があるときに「そういえばこういう話があったな」ということにつながるのかもしれませんね。最初は私も「直してくれ、直してくれ」ということばかり言っていましたが、行政側も資料がないうえに担当者が移動するので、引き継ぐものがないのですよね。だから、「ここをこうしたほうがよいのではないですか?」という提案くらいまでの資料を準備して渡しておかないと進まないということは本当に痛感しましたね

 

安田 引き継いだ人が資料をみて「これならこのくらいの予算でできるかな」と思えば動いてもらえる可能性があるということですね。

田原 提出する資料の内容はだいたい現状の説明、そしてそれを改善するための提案なのですが言葉や文字だけではダメで、イメージ図とかの図表を付けたりして、ビジュアル的に展開したほうがいいですよね。兵庫県の事業では、徳島大の浜野先生はそういうものをきちんと作られていて「なるほどそういうことか」と思いましたね。初めのころは、ぼくは「向こうも河川土木のプロだから分かってくれるだろう」くらいに思っていましたけどね。

 

安田 我々は生物を専門としていますが、河川管理者は土木が専門ですから、こちらが常識として知っていることを知らないこともあるでしょうし、逆に土木の方からしたら「こんなこと無理だろう」ということを我々が理解していないと「これくらいなら」と勘違いして提案している場合もあるでしょうね。ところが意見交換ができれば「あっ、それは無理なのか」とか「この程度ならできるのか」という判断材料にもなりますからね。

田原 昔は話がぜんぜん噛み合わずに帰ってきたけど。安田さんと何度も行くうちに「ここならこうしたらいいんじゃないですか?」とか「ここはきびしいですけれど、あそこならこういう感じにできるかもしれません」つて向こうから提案してくれるようになったので、そのときは「やったね!」でしたね(笑)。だからお互いに情報共有をして、信頼関係を築くということが大事ですね

 

安田 土木の方たちも川や生き物に悪いことをしようとは、決して思っていないんですよね。だからこそ情報共有と信頼関係が欠かせないということですね。情報共有するために河川調査は欠かせませんが、全域をカバーすることは難しいです。このような調査をすることが「大変か?大変でないか?」と言えば、やはり大変ですね。でも「楽しいか?楽しくないか?」と言われた楽しいですよね(笑)。

田原 そうですよね。大変だけどやっていることが楽しいからモチベーションになっているのでしょうね。

 

安田 そうですね、田原先生も私も生き物や自然、川が好きだから続けられるのでしょうね。しかも調べて終わりではなくて調べたことを活用できるようにもなってきましたからね。

田原 それにこうしてやってきたことに対しての成果が出てくるようになりました。「ああ、やっといてよかったなあ」と思います。

魚道

官民学が連携して福井県南川の天然アユの再生産を増やす取り組み。堰堤の左側に見えるのが「水辺の小わざ魚道」。様々な種類の魚が遡ることができる(田原さん提供)

 

 

自然再生産を優先すべき

安田 私は一合目に落ちたショックから抜け出せないけど……(笑)ただ、海のことはもうどうしようもないことなので「いつかはサクラマスが戻ってくるだろう」と。その時再生産ができる河川環境を保全しておこうと、割り切って考えるようにしました。

田原 放流は一時的な効果はあるかもしれないけど、やはり自然再生産できる環境を残すことが大切ですね。

 

安田 近年、その重要性を特に強く感じています。きっかけは人工産卵場での底性動物調査を行なった結果を見た時でした。サクラマスレストレーションではサクラマスが産卵しやすい河床環境を維持するために、人工産卵場造成を15年続けてきました。川底を掘って砂泥を流し、浮石環境を回復する作業ですね。では作業を行なう前の河床がどうなっているかというと、河床硬化といって50mm 以下の礫がなく、それ以上の大きさの礫の隙間に泥が詰まって硬くしまっています。サクラマスに限らず魚類が河床を掘って産卵することはとても困難な状態です。ただ「産卵場を造成したのはいいけれど、もしかしてほかの生物に悪影響を与えてはいないだろうか?」と思って調べることにしたのです。この時、比較するために4 種類の河床条件を設定しました。1 つめは何もしない河床硬化したままの河床。2 つめは河床硬化した河床の礫を手で起こして浮石環境を作る。3 つめは人工産卵場造成をして仔魚が浮上した後。4 つめは人工産卵場に100~250mmくらいまでの礫を混入した、より自然な河床環境。この4 種類の河床条件で底生動物(水生昆虫)の生息密度を調査したのですが、浮石環境のほうが圧倒的に生息密度が高く、結果はl<2<3<4となり「こんなに違うものか」と驚きました。いい方を変えれば何もしていない河床では産卵が難しいだけではなく、水生昆虫が少ないので、結果的にそれを食べる生物が減るか、成長が悪化することにつながるなるわけで、「これは環境をなんとかしないとダメだ」と強く思うようになったわけです。

田原 そうだったのですね。安田さん、このテーマで卒論ができますよ(笑)。

 

安田 (笑)。ところでアラレガコは一部の川漁師さんが漁獲の対象としてきた魚でしたが、サクラマスは近年釣りの対象魚として非常に人気の高い魚です。九頭竜川では2019 年までのおよそ10年間は釣獲数も産卵数も増加傾向が続いていました。私たちが活動を始めた頃は増殖といえばまだ放流が中心でしたから、サクラマスを増やすとなるとどうしても「もっと放流を増やそう」という発想になってしまいます。でも私たちは15年ほど前から「放流は減らしましょう」「自然再生産を促進しましょう」と説明してきました。また「由来が明確でない種苗や継代飼育魚の放流もやめましょう」とも訴えてきました。現在では福井県内水面総合センターと九頭竜川中部漁業協同組合、サクラマスレストレーションの連携で、九頭竜川産サクラマス由来の種苗が、過剰にならないよう充分配慮して放流されています。安易な種苗放流は天然魚に悪影響を及ぼす可能性が高いため慎重に扱わなくてはいけないという考えからですが、田原先生が種苗生産したアラレガコの稚魚を放流されないことも放流の影響を慎重に考えておられるからということでしょうか。

田原 そうですね、やはり自然再生産を優先すべきと考えています。

 

安田 再生産のためには環境保全改善が重要でその効果として多用な生物への好影響も期待することができますね。

 

 

安田 最後に田原先生が若狭の漁協と連携している活動について紹介していただけますか。

田原 はい、南川では全国の河川のように、アユ釣りシ—ズンの前に海産系と湖産の両方の稚魚を放流していました。しかし、湖産アユは塩分耐性が低く、翌年に遡上してくるアユ資源に寄与しないんですね。そこで漁協が天然アユの再生産を重視する方針に変更しました。しかし、それまでは南川でのアユの産卵や生態に関するデータがなかったため、我々の研究室で産卵場所や時期を調査して、それらのデータを基に禁漁区と禁漁期を見直して保護増殖を進めました。また人工産卵場造成も行ないますが、漁協だけでは厳しいので、大学生や若狭高校(海洋科学科)に私から声をかけて一緒に作業をします。彼らの勉強にもなりますから。また流下仔魚調査や遡上調査も行ないますが、南川は外海ではなく小浜湾に注ぐため環境変化が小さいため、流下仔魚と翌年の稚魚の遡上で相関関係が見られるのではないかと期待しています。また土木の協力も得られるようになって来たので、これからが楽しみですね。

 

 

 

 

2024/1/24

最新号 2024年6月号 Early Summer

【特集】拝見! ベストorバッグの中身

今号はエキスパートたちのベスト/バッグの中身を見させていただきました。みなさんそれぞれに工夫や思い入れが詰まっており、参考になるアイテムや収納法がきっといくつか見つかるはずです。

「タイトループ」セクションはアメリカン・フライタイイングの今をスコット・サンチェスさんに語っていただいております。ジグフックをドライに使う、小型化するフォームフライなど、最先端の情報を教えていただきました。

前号からお伝えしておりますが、今年度、小誌は創刊35周年を迎えております。読者の皆様とスポンサー企業様のおかげでここまで続けることができました。ありがとうございます!


Amazon 楽天ブックス ヨドバシ.com

 

NOW LOADING