第6回 スペント
十字型シルエットの効果
渋谷直人=解説ドライフライで魚が釣れない時に最も気になるのが、やはりフライがマッチしているのかどうか……。今回はシーズンを通じて渋谷直人さんが使用するアントパターンを、そのシチュエーションごとに解説します。
この記事は2017年4月号に掲載されたものを再編集しています。
《Profile》
渋谷 直人(しぶや・なおと)
1971年生まれ。秋田県湯沢市在住。地元の伝統工芸である漆塗りの職人として生活しながら、自ら作り上げたバンブーロッドでヤマメを追い求めている。
●公式ホームページ www.kawatsura.com/
渋谷 直人(しぶや・なおと)
1971年生まれ。秋田県湯沢市在住。地元の伝統工芸である漆塗りの職人として生活しながら、自ら作り上げたバンブーロッドでヤマメを追い求めている。
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ライズはあるのに?
カゲロウなどの大量ハッチではライズがすごかったという状況はよく聞くが、その一方で実際に「釣れたのは1尾だけ」などという話は珍しくない。ドライフライが好きな方々にはたまらないハッチがらみのライズだが、なぜ釣果が伴わないことが多いのだろう? ここでは例を挙げて、どのような仕組みでライズが起きているのかを考えてみたい。
ちなみにこれはハッチが多い川での話で、山岳渓流ではほぼ起こらない現象。その部分は明確に分けて考える必要がある。
魚は基本的に、その時に最も食べやすいエサを選ぶ。たとえばきれいにハッチして飛び立ちそうなカゲロウは、食べようと思っても飛んで逃げられる可能性が高い。ヤマメ、アマゴは、特にその傾向が強い。魚が自分で本物のエサを食べ損なっただけで、臆病になってしまうというか、捕食行動が消極的になるくらい慎重な性質のように思う。
コカゲロウ類の大量ハッチのようす。羽を立てて浮いている個体が目立つが、それはほとんど食われていない
要するにライズが繰り返し起こるような状況というのは、そのような食べ損ないがほとんどないほど、大量なハッチがある状況だと考えられる。最も食べやすい、安全な個体を選んで偏食しても充分なくらいの流下状態なのだ。
メイフライやガガンボ類などは春から大量にハッチして、湧水や伏流水の多い川でのライズを誘発する。だが水面に多くの虫がいても、目で追ってそれらが食われることはほぼ見られない。こんな状況でライズがあっても、実は釣れない可能性がかなり高い。
たとえばダンなど、羽を帆のように立てて流れている虫がバクッと食われるなら、話は早い。迷わずにサイズと色を合わせたソラックスダンを流せば、簡単に食ってくれる。その次の手段としては、イマージャー(フローティングニンフを含む)を流すのが一般的だろう。
だが、それで釣れなかった際に、釣り人は迷路に迷い込む。カゲロウのハッチの攻略の決め手をイマージャーだと思っている方が多く、実はそこが落とし穴になっているのだ。
本流でカゲロウ類を飽食しているアマゴは、背中が盛り上がった見事な体躯。釣り味も素晴らしい。こんな魚を釣るためには、フライにも一工夫必要なのである
溺れた虫を模した形
結論からいうと、マダラカゲロウやコカゲロウ類は、ハッチが下手で羽化を失敗しやすい。要するに魚にとっては飛び立てなかった羽化失敗の溺れたダンを食っていれば、失敗もせず安心して食べ続けられる。これが、ライズが続く状態というわけである。フライのシルエットで考えると、形としては単純なものだ。十字状のスペントタイプのフライで、簡単に攻略できることがほとんど。これは虫の構造的にカゲロウの羽の付き方が垂直だからで、素直に開けば十字状になる。
溺れた状態のオオマダラカゲロウのダン。羽が水になじんで、魚に食われる可能性が高い状態だといえる
一方アリやハエ、アブなどは矢印状のシルエットである。ヒラタカゲロウ類とモンカゲロウについては生態が違うため別のフライも必要になるが、それはまたの機会に解説したいと思う。
つまりカゲロウのハッチでは、魚は羽が水面についているかどうかを判断して食べていると思って間違いない。羽が水面に絡んでしまえば、間違いなく飛び立てない。これが魚にとっては食べやすいエサなわけだ。
コカゲロウが大量にハッチしているものの、あまりライズが見られないような状況で釣れたヤマメのストマック。水面に浮いたダンを食べているようには見えないのに、ご覧のとおり。つまり水面に絡んだ、溺れかけた虫を食べているのが分かる
解禁直後の鬼怒川や狩野川、桂川など、ライズで有名な河川のほとんどで、この現象は起きている。ちなみに時にはガガンボなども混じるが、食われる形状はまったく一緒で十字である。
オオマダラスペント
サイズは9番。ハッチ時のライズだけでなく、流れのある瀬などでライズしている尺ヤマメを叩いてねらっても効果的
オオマダラスペントの9番を、魚側(下)から見たシルエット。左右合わせたウイングの全長は37㎜。ぼってりした黄色いボディーと、それよりも長めのウイングが重要。水面に浮かべた時にウイングがなびかないよう、ウイングのCDCはストークを入れて巻いている
長い足があるかどうかなどは、ヤマメはあまり見ていないように思う。それよりは溺れていると分かる個体に執着するのだ。つまり十字状のスペントパターンのフライであれば、魚は食ってくれる確率が高い。
これは季節の変化に伴い、オオクママダラカゲロウやオオマダラカゲロウなどのハッチでも同様。フライサイズを合わせていけば、思いのほか簡単に攻略できるはずだ。
ただし前述したように、溺れている個体を演出しなければならないため、ドラックが掛かってしまうとフライの効果は台無しになってしまう。長いティペットはドラック回避にはとても有効で、複雑な流れでライズを繰り返すヤマメを釣るためのシステムとしては重要だと思う。
ロングティペットとスペントパターンのコンビは、意外に使用している例が少ない。すぐにその効果を実感できるくらい、この組み合わせであっさり釣れる釣り場は、全国にまだまだあるようだ。
以前、溺れているダンを表現するために巻いたパターン。吸水性のビニールをウイングに用いていて、本物そっくりなのだが……。なぜかCDCウイングのスペントパターンのほうがよい。人の目と魚の目は、やはり違うのだろうか……?
惨敗から学んだこと
このことに気づいたきっかけは、関東方面に初めて行った時のことだ。ボコボコライズだったのに、思うように釣ることができなかったからに他ならない。当時、東北ではボコボコライズで歯が立たないということは、あまり経験していなかった。ライズがあればすぐに釣れるなどと、根拠のない自信を持っていた。
まずは鬼怒川で、その自信をズタズタにされた。初めて行った時から群れでライズが起こり、1度に数尾が同時に水面に出るくらいのスーパーライズが、3月中旬の真っ昼間からあった。背中も尾ビレも出して優雅にライズしているのもいれば、ブワッと激しくライズするのもいる。
川は一面のガガンボとコカゲロウで、ガガンボが圧倒的に多かった。それを食っていたのは間違いなかったと思う。思うとしか言えないのは、その状況でまったく釣れなかったからだ。
そのような状況で釣るべく用意していた、吸水性のビニールで作ったスペントには、まるで反応しなかった。
ガガンボと同サイズのヒラタのイマージャーにも反応はなく、まさに惨敗。ライズは2時間以上も続いたと思うが、尺を優に超えるヤマメのライズが、相当数見られたのに、フライに反応したのは1回きり。タイミングが合った瞬間にスペントに出たのだが、やはりフライが合っていなかったのだろう。当然のように空振りに終わった。
春先のライズ時に釣れたヤマメのストマックを確認すると、こんなぐあい。ダンが多く食べられているのが分かる。しかし釣りをしていて、
水面で羽を立てて流れるダンが食われるのは見なかった
この惨敗は尾を引いたが、結果的には考え方を変えるいい機会になった。そこで考えたのが、CDCスペントの完全十字状タイプである。あれだけの虫が浮いていて食われないのだから、水面上からは見えていない状態なのかもしれないと思ったのだ。
足もとを見た時に、溺れたであろうスペント状態の虫たちが多数見られた。かなり近くで見ないと気づかなかったが、結構な数の羽化失敗個体が、さまざまな種類のハッチ時に流下していることに気づいた。
そう考えてみると、たしかにこれを食わずに何を食うだろうというほど、魚たちの選択は当然のことに思えた。これをフライに反映させ、浮かせ方にも気を配った。そして翌年からは、これらのライズが釣れるようになったのである。
スピナーの流下は別として、ハッチ時の釣れないライズのほとんどがこれで解消したのだから、なんとなく拍子抜けしたほどだった。
トビイロコカゲロウ・スペント
コカゲロウのなかでも特殊なトビイロコカゲロウのハッチがあった時に使う。マホガニー色のパターン。サイズは21番。ほかのメイフライよりも色が濃く、ウイングも黒に近いグレー。インジケーターのCDCの量を減らしたい時は、ナチュラルホワイトを使うと視認性が得られる
左右のウイングを合わせた幅は14㎜
このような状況の解決策は、過去にメディアなどでもあまり紹介されていなかったと思う。これに近いことを紹介していたのが、杉坂研治さんだったと記憶している。たしかに杉坂さんのスペントも、よく釣れて流行した。だが当時の僕は、長いティペットだと使いづらいと感じて、あまり使わなかった。
この形状の意味を、当時は深く理解していなかったのだ。自分の視野の狭さから、せっかく正解に近づいていながら素通りしてしまったのは、今考えるともったいなかったと思う。
とりあえずグレスペ
このCDCスペントを使いこなすには、ポストのみにフロータントを施し、ボディーとウイングをしっかり濡らして沈めるのがコツ。CDCという素材は、本当に効果的なマテリアルだと思う。色のぐあいも、ダンのウイングそのもののような色を選べる。沈めて使った場合も、光を反射して過度に輝くことはない。
個人的にはズィーロンだと少し食いが落ちる気がするのは、フィルム的な透明感のせいだと思っている。(逆にスピナー流下の際にはズィーロンが活躍してくれるが、それは別の機会で解説したい)
しっかり沈むように水に馴染ませたCDCでも、フォルスキャストによって水が切れ少し浮くことはある。両羽が浮いたり、あるいは片羽だけ浮いたり、両方ともしっかり水に入ったりと、投げるたびにランダムに水面に接する。
これが実は、このパターンの優れた点。投げるたびにフライの見え方が微妙に変わるので、偏食している魚に対しても、ある意味で自動的にフライがマッチする可能性がある。このような曖昧さもフライには大切なのだが、結果的に信頼のおけるライズ用フライになった。
去年、中国地方でオオマダラのハッチ時にライズしていた33cmのアマゴ。9番のオオマダラスペントに飛びついてきた
使っていくと分かるのだが、CDCの先端部分が切れてバラけると、効果は半減してしまう。下から見た時のシルエットが、十字ではなくぼやけてしまうのかもしれない。
オオクマ、オオマダラ、チェルノバといった大きめのフライもかなりの効果があり、ライズが終わってから瀬を叩いてみるのも面白い。ライズはプールが見やすいのでハッチ時にはプールにつかまってしまうことが多いのだが、実際は瀬の中でも人知れずライズしていることが多い。
これらはプールのハッチが終了した後でも、フライを流すと反応してくれることがよくある。釣れないライズには小さいフライを流せば釣れるようなイメージがあるのだが、メイフライのハッチに関しては、それはほとんど当てはまらない。
グレースペント
春のライズ用としてメインで活躍するフライ。ほとんどのコカゲロウ、ガガンボなどのハッチ時に効果的。写真は17番だが、サイズのバリエーションは必要だ。9~23番を巻いておけば、多くの状況に対応できるはず。CDCのインジケーターは、その日の見え方によって黒っぽいものや白、スポッテッドダンなどを使い分けるとよい
正面から見たグレースペント。ウイングの全長は22mm(左右合わせて)
羽を立てているダンが食われるかどうかや、フローティングニンフを食っている可能性などを配慮しつつ、このCDCスペントを軸に釣りを組み立てるのが攻略の近道である。
巻く時のアドバイスをしておくと、カゲロウ類に合わせた大きさと色があればベストだが、時間がないなら迷わずにグレー1色でよい。ただしサイズを変えて用意すること。カゲロウ類は、ダンに関しては必ずグレーの表皮に包まれているようで、その下にそれぞれの色がある。
2016年の解禁当初、シーズン初の尺ヤマメとのやり取り。コカゲロウとガガンボの複合ハッチが見られたが、グレースペントの17番を素直にくわえた
アカマダラでもエラブタでもオオクマでも、あるいはガガンボ(これはカゲロウではないがフライは一緒で構わない)でも、グレーのスペントでほぼいける。
つまり色よりはサイズとボリューム感のバリエーションを用意したほうがよい。これさえあれば、たいていの釣り場で対応できる。ハッチ時には自信を持って釣りができるようになるだろう。
2018/5/8