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環境保全型漁場管理

美しい魚が増える「しみだし効果」について国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所環境応用部門・沿岸生態システム部内水面グル—プ主任研究員の宮本幸太さんにお話をうかがった

安田龍司=聞き手

地域住民、漁協、釣り人が協力して、山間地域に笑顔と魚を取り戻すことをテーマに、これまでの研究結果を1. 禁漁区、C&R区間設置  2. 釣獲日誌 3. 監視活動  4.環境保全の4つの視点で解説したパンフレット。「今からでも遅くはありません。大切な川や魚を守ることで、地域の魅力を再発掘しましょう!」という言葉で締めくくられている。

水産庁発行の、宮本さんグループによる最新のパンフレット「いつも魚にあえる川づくり 〜渓流魚の漁場管理〜(イワナやヤマメ・アマゴ)』はこちら

 

宮本幸太さん。1983年生まれ。北海道札幌市出身。少年時代は、釣具屋を経営する祖父母の影響を受け、川遊びや釣りをして過ごす。栃木県日光市で渓流魚の生態や漁場管理についての研究を行っている。詳しい研究成果はこちらをご覧ください。
https://researchmap.jp/_KM_

 

安田龍司さん。2017年に日本水産環境大臣賞を受賞した、サクラマスレストレーション代表。サクラマスの産卵、川の物理環境(護岸や底石など)の調査、幼稚園での発眼卵観察と放流、研究者が集まるシンポジウムでの講演、河川管理者への保全区域のアドバイスなど、サクラマスを指標種として利用し、河川環境全体を改善するための取り組みを15年間続けている。弊社でおなじみ、本流フィッシングのエキスパート。シマノインストラクター

 

写真は、左から 三依渓流釣り場 塩野康幸さん、長野県水産試験場 山本聡さん、滋賀県水産試験場 幡野真隆さん、岐阜県水産研究所 岸大弼さん、群馬県水産試験場 山下耕憲さん、三依地区地域おこし協力隊 田邊宜久さん、(看板右横)水産研究・教育機構 宮本幸太さん

 

魚との出会いのストーリー

安田 それでは、宮本さんプロフィールからお願いします。

宮本ええとですね、名前というか肩書きが長いんです。あの……ちゃんと話そうとすると大変なことになるんです。いきますよ。国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所環境応用部門・沿岸生態システム部内水面グル—プ主任研究員、の宮本幸太です。よろしくお願いいたします。

 

安田 よろしくお願いします。いや、本当に長いですね。

宮本 長いんですよ。水研機構だけでよいです。

 

安田 水研と呼ぶ方もいらっしゃいますね。

宮本 そうです。

 

安田 水研では何をやられているのでしょうか?

宮本「環境保全型漁場管理」とでもいいましょうか、渓流魚を中心に漁場管理といわれるような、釣り場づくりですね、釣り場のル—ルや管理方法について調査研究しています。

 

安田 なるほど。まずお聞きしたいのですが、そういう環境保全型の漁場管理をした場合のメリットというのは漁協さんからと、釣り人から見た場合で若干違いがあるかもしれませんが、そのあたりはいかがですか。

宮本 そうですね。釣り人からすると、天然とか野生の魚であれば、きれいな魚がまず釣れますよね。天然魚であれば、そこで長く生きながらえてきた魚を見ることができるので、釣り人にとっては物語が生まれます。たとえ1 尾だったとしても、そこに物語ができれば、思い出に残る釣りになると思います。長い距離を運転してでも出会いたい魚がいるほうが、きっと釣りは楽しいと思います

 

安田 よく、岐阜県・石徹白川でキャッチ&リリース区間の設定、維持に尽力された斉藤彰一さんと話題になるのですが、「1尾の価値が低いとたくさん釣りたくなってしまう」と。

宮本 (笑)。なるほど。

 

安田 1尾の価値が大きい、重いと、1尾でもかなり満足できるじゃないかっていう話もするのですけれど、そんなこともあるかもしれないですね。

宮本 あると思います。でも、それは天然魚に限った話ではないと思います。僕らは小学生への課外授業で、「100個卵があって、生き残って大人のイワナになれるのは2粒とかそれ以下なんだよ」なんて話をすると、話を聞いたあとではイワナー尾に対する生徒たちの価値感が大きく変わることに気づくことがあります。知ることだけでも、魚への価値観はだいぶ違いますよね。

 

安田 違いますね。

宮本 そういう面から、生き物の大切さなり、釣りの楽しさが広がっていければ、いいなと思います。釣り人の観点だけでなく、天然や野生魚を守ることは漁場の経営を助けることにもつながると考えています。漁協には魚を増殖することが義務付けられていますが、近年、放流などの増殖経費の負担が大きくなり、漁協の経営状況が悪化しています。そのため、渓流魚の自然繁殖を促進できれば必要以上の放流経費をかけなくとも漁場を運営することが可能になると考えます。2021年、栃木県のおじか・きぬ漁協が管理する日光市男鹿川の支流、見通沢の一部でテンカラ専用C&R 区が設置されたのですが、釣れる魚の数もサイズもよいことから釣り人も増加し、子どもや初心者の方にも楽しんでもらえる釣り場ができました。そして、驚くことに禁漁期に入ってもたくさんの魚が残ったのです。それらが産卵してくれるわけですから、2022 年は漁場に野生魚が増えることが期待できます。さらに、釣り人が産卵行動を観察しに来てくれて、それが監視につながったんです。実際に2021年に、産卵行動を観察しに川へ訪れた方の通報によって禁漁期間中に投網を打っていた違反者が逮捕されました。もちろん、この背景には、地元の三依支部の組合員の方々や地域おこし協力隊の田邊宜久さんが監視活動や看板設置を通して、日ごろから釣り人とのネットワ—クを築いていたことが大きいです。

 

安田 なるほど。

宮本 このように漁場に魚が残ることで、予想しなかったよい連鎖が次々に起こりました。おそらくこの連鎖は、今後も続いていくと思います。「しみだし効果」といっているのですけど、春に支流や河川上流域の禁漁区で生まれた稚魚が本流や下流の釣り場まで移動して、資源となることが最近の研究でわかってきています。今回のテンカラ専用C&R 区間での調査結果によって、キャッチ&リリースでも禁漁区と同様に産卵親魚が増加したので、しみだし効果が充分期待できます。このようなC&Rや禁漁区の研究を水産庁事業で実施できるようになったことはとても大きな進展で、研究の場を提供していただいた水産庁の皆様には感謝しきれません。2021 年に出したパンフレット『放流だけに頼らない!天然・野生の渓流魚(イワナやヤマメ・アマゴ)を増やす漁場管理』では禁漁区についてお話をしていて、群馬県水産試験場の研究者が禁漁区では親魚の生息密度が通常の釣り場よりも1.8 倍も高くなることを報告していますが、次はキャッチ&リリ—スでの増殖効果についても評価できればと考えています。

 

 

努力を数値化する

安田 漁協サイドから考えたときに、環境保全型の漁場管理を行なった際の努力量の算定を、義務放流としてどのように評価されるかという点も課題になりそうですね。

宮本 そうですね。

 

安田 数値的なことは難しいと思いますが、どのようなことが考えられるでしょうか。

宮本 稚魚放流は努力量の換算に関してはものすごく優れた増殖方法なんです。多くの魚が川に追加されたことを強くPRできますからね。

 

安田 一番わかりやすいですね。金額も重量も尾数もわかる

宮本 現場で放流尾数を示すボ—ドと放流時の写真を撮って。これほどわかりやすいものはありません。漁協には、増殖をしなければいけない義務が課せられているので、どのくらい増殖を努力したかを客観的に評価できるよう、金額や放流量で示す必要があるわけです。禁漁区設置や監視などの漁場管理については漁業法では増殖行為と認められていませんが、近年の研究により魚を増やすには効果的な方法であることが明らかとなってきました。このため、放流と同様に重要な取り組みであることを認めてもらうためには、その効果を数値で示していく必要があります。「しみだし効果」については、我々が現在実施している水産庁委託事業「環境収容力推定手法開発事業」渓流魚課題の中で、長野県水産試験場の研究者らがすばらしい成果を出してくれました。まず、長野県の志賀高原漁協が管理する雑魚川では、放流を実施していませんが、ほかの川よりもイワナの密度が3倍くらい高かった。実は雑魚川では支流のほとんどが禁漁区となっていて、支流からの魚の供給機能をしっかり維持させておくことが、満足度の高い釣り場づくりにつながったと考えられています。これをヒントに、長野県水産試験場では、禁漁区の支流lkmから釣り場となる本流へ移動するイワナの稚魚を数えることで、支流を禁漁区にすると稚魚放流に換算して約1300 尾、金額にして2.3~3.3万円の増殖効果(本流への添加効果)があることを明らかにしました。監視活動についても岐阜県水産研究所の研究者が禁漁区に看板を設置することで魚類の生息密度が1.6 倍も増加することを明らかにしています。漁場管理における努力量の算定については、まだまだ難しい点もありますが、今後、実例をもとにデータを蓄積していければと考えています。加えて、雑魚川や男鹿川のような優れた事例がすでにあるので、このような川を日本中に増やしていくことができれば、経営面でも、増殖面でも効率的な運営ができるようになるのではないか考えています。

 

安田 あまり知られていない言葉ですね、「しみだし効果」。それをもう少し詳しく、ご説明いただきたいのですけれど、多くの釣り人は支流が禁漁になると、増えた魚が本流に落ちてくることはなんとなく体感でわかると思うのですけれど、実際に魚を捕獲して調査した事例がなかったということでしょう。

宮本 そうですね。実際に渓流で実施した例は初めてだと思います

 

安田 それは具体的にどういうことを行なったのでしょうか?

宮本 長野県水産試験場の研究者が、支流にネットを設置して、流下してくる落ち葉なりサンショウウオなり、稚魚なりをすべて捕獲し、長時間かけてその中から稚魚のみを探し出して数えるという、もうすごい涙ぐましい作業です。

 

安田 それは相当に大変ですね。どれくらいの期間行なうのですか。

宮本 4 ~6 月くらいまでです。2021年はもっと長くやっていますね。違う川でも同じような傾向があるのかを調査していて、今も継続しています。大量の落ち葉の中から、3cm程度の小さなイワナを探し出すっていう。ものすこい努力の結果なんですよ、これって。

 

安田 支流で自然に産卵してくれるような場所を的確に守れば、本流に魚が増えていく。

宮本 それらが資源として利用されるわけです。ただ、やはり管理のほう、つまり禁漁区やキャッチ&リリース区の監視活動などが機能していることが前提になるんです。監視活動については、せっかく頑張っているのに評価できていない、評価されないところも現在の問題点だと考えます。

 

 

監視することの効果

安田 以前、水産庁でお会いしたときに、宮本さんがおっしゃっていた、密漁者を1人捕まえるとどれくらいの魚を守ることができるかということはいかがでしょうか。

宮本 違反者って同じ釣り場に何回も訪れることが多いので、1人の違反者がいなくなることで守られる魚の量は、相当なものになると考えています。僕が調査した川では、全長15cmより小さいイワナ・ヤマメ(栃木県では漁業調整規則により採捕禁止)が大量に釣られて持ち帰られていました。そこでは、漁協によって発眼卵が放流されていますが、その卵の量から推定される魚の数よりも多い数の魚が違反によって持ち帰られていることがわかりました。このような状況では、漁協が卵の放流をいくら頑張っても、釣りの資源となる15cm 以上のイワナやヤマメを増やすことが難しいばかりか、野生魚の減少をも招いてしまいます。このような釣り場では、放流よりも違反行為を防止することに努力したほうが、よい釣り場づくりにつながるでしょう。しかし、先述したとおり、監視活動はそれほど評価されるものでは今のところありません。そんな重要な監視活動を、どうすれば漁協や釣り人に積極的に実施してもらえるようになるか、どうすればシステムとして組み入れていくことができるかが今後の課題だと考えています。そういった意味でも先述した産卵行動観察中での監視例はとても貴重です。ただ、実際に釣り人に持ち帰る数を減らせというのはね、なかなか難しいです。ですが、先ほどの1尾の重要さとも関連しますが、生き残る魚の数とか、釣りの影響の大きさを知ることで、考え方が変わる釣り人もいると思います。その人たちに釣りそのものの価値を高めていってもらいたいなと思うんですけどね。

 

安田 すこく単純なこととして、遊漁料よりも高い金額の魚を持ち帰られたら、漁協の経営が成り立たないわけですね。

宮本 実際、そういった状態に陥っている漁協は多いと思います。不足分を野生魚でカバーしているだけで。しかし、河川環境の破壊などによって野生魚が減少しているので、そのような状態で今後も釣り場を維持していくことは、難しくなるでしょう。

 

安田 だからこそ環境保全型が普及するとよいですね。

宮本 そうですね。漁協の経営面も考慮して進めていく必要があります。漁協さんに、どのくらいこの考え伝えられるか、頑張らなければいけないなと思っています

 

 

産卵場をどう作るか

安田 環境保全型でやっていこうとすると、川に生息する魚だけでうまく再生産してくれれば理想的なのですが、漁獲圧、釣獲圧が入ると、それが難しいところもあると思います。そうなってくると、それに少し近い方法として親魚放流とかも考えられると思うのですけれど。

宮本 そうですね。

 

安田 親魚放流を仮にするとしたら、その親魚の由来をある程度、考慮したほうがよいですよね。

宮本 親魚放流をする場合、親魚の調達は、基本的に漁協が今まで取引してきた養魚場とのやり取りになるため親魚の由来を選ぶことは実際難しいと思います。そのため、天然魚との交雑が生じないよう、放流場所を考慮することが重要になります

 

安田 やはり最初に戻るということですね。

宮本 はい。親魚放流の場合は、どうしても、他の場所から魚を持ってくることが前提となってしまうので、すでに稚魚放流などが実施されていて、天然魚の存在が脅かされないような場所で実施する必要があります。

安田 もともと稚魚放流をしているのでは、その親魚だけこだわっても、あまり意味がないっていうことになりますね。

 

安田 固有個体群を保全する場合は由来が非常に重要ですが、放流が継続されている河川では、放流された稚魚も親魚も同じ養魚場から買ってくれば、由来は一緒になりますね。

宮本 そうですね。親魚放流だからといって、今まで放流していない場所へ放流して、天然魚と交雑してしまうことは避けなければいけません

 

安田それよりは、すでに放流履歴のあるところで、環境によさそうなところを選ぶと。

宮本 はい。あと親魚放流では、放流場所に産卵場所があることが第1条件となります。しっかりとした産卵場があれば魚が勝手に産卵してくれるので人間が発眼卵を放流する際に生じる場所選びのミスなどによる死亡を回避することが可能と考えられます。一方、親魚放流のネガティブな面もしっかりと伝えなければいけないと思います。

 

安田 といいますと。

宮本 カワウやサギ類に親魚が食べられる場合もありますし、違反者により釣獲されるリスクもあります。そういったことを勘案して実施していくことが重要です。

 

安田 そうですね。でもその自然再生産に適した環境があまりない、そういう漁協さんもきっとあると思いますけれど、そういうところでは環境保全型の取り組みをするのはかなり難しいのでしょうか?

宮本 そうですね。自然再生産がそもそも望めない場所だと、産卵場の造成などの取り組みが必要となってくると思います。一般市民に協力してもらい、イベントとして人工産卵場を造成するのがよいと思います。自然再生産が望めない場所は、特に都市河川に多くみられるので、市民の協力を得やすいのもメリットだと思います。そこで産卵場を造成して、親魚放流をして産卵行動を観察してもらうのがよいですね。その際には、魚の産卵環境が失われていることを参加者にお伝えして、「じゃ、できることから始めていきましょう」ということで活動を始め、最終的には河川管理者や土木サイドの方々の協力を得て、本来の川の姿に取り戻していく活動につながっていけばすばらしいですね。

 

安田 そうすると、たとえばそこだけは禁漁にしておくという方法も効果があるかもしれないですね。

宮本 そうですね。市民から資源回復の声があがれば、禁漁区も設置しやすくなると思います。釣りをしない人はもちろんのこと、釣りをする人でさえ、産卵できる環境が失われていることに気が付かないことがほとんどではないでしょうか。そういう事実をお伝えして、川の現状を知ってもらったうえで自分たちに何ができるのかを考え行動していくことが、先ほどの1尾の魚の価値の話と同様に、魚や川を特別な存在にしてくれるのではないでしょうか。

 

安田 河川環境は大きな出水が1回あるだけで本当に大きく変化する可能性があります。ただそれは長い目で見ると自然攪乱によって、新しい生息環境を作り出すというメリットもあります。しかし、人の手が加わった河川環境では本来の姿にはならない場合もあります。局所的ではあっても、人の手で適した環境をつくり出すことも必要でしょうね。

宮本 サクラマスレストレーションでの安田さんたちの人工産卵床の造成活動や川を耕すという発想、とても感心いたしました。川を耕して魚の産卵床を造成するだけでなく、エサとなる水生昆虫も増やす。こういった取り組みは、魚の棲みやすい環境を造成するだけでなく、川への関心を高める機会にもなりますよね。特に、重機を使用せず人カで実施できる点もすばらしいと思います。こういった活動をとおして、川への関心を高めてもらい、そこから川全域や山の環境にまで考えが広がっていけばよいですね。

 

安田 釣り人だけではなく、流域の人々や自然に興味を持っている人など、少しでも多くの人に関心を持ってもらいたいですね。環境を保全するということは、魚のためだけではなく、豊かな生態系を未来に残すことに繋がりますから。

 

 

増殖のための人的環境と物理的環境

安田 そもそも環境保全型はどういうことが理想的なのでしょう。

宮本 漁場管理において理想的な状態は、監視活動で守り、禁漁区や環境改善で増やし、釣獲日誌で釣り場を把握、評価すること、それぞれが機能して、自然繁殖を利用した釣り場が作られていくことだと考えます。禁漁区などについては、その効果を発揮するためには、環境が守られることが第一条件となります。そのためには環境の変化に気づき、その影響を評価し、対策を検討することが必要です。漁場管理における監視活動や釣獲日誌が機能していれば、河川環境の変化に気づき、影響を評価することも可能となるため、先述した3 つの働きがしっかり機能すること大切です。さきほども言いましたが、漁場管理は増殖行為に含まれていないため、今は増殖以外にも漁場管理も含めて考えていくことが大事だよと訴えている段階です。

 

安田 やはり人的な条件と物理環境の両方をある程度考えて行なったほうが効率的なのでしょうね。

宮本 そうですね。どちらかだけを考えて実現させようとしても難しいと思います。

 

安田 環境保全型ということは、やはり自然再生産につながると思うのですけれど、漁協さんが環境保全型の自然再生産に取り組んでみようと考えたときに、適した環境と、適さない環境があると思いますが、どのような違いがあるでしょうか。

宮本 魚に自然繁殖をしてもらいたい。そうなると、産卵できる環境が残されている場所が必須になってきます。一般的に渓流魚が産卵をする場所は主に河川の上流域や支流となるので、そういった場所が含まれることが重要となります。その中でも、魚の遡上が可能で産卵場所まで到達できる環境が条件となります。渓流魚の繁殖に適した環境については、パンフレットで詳しく紹介していますが、実はこれも涙ぐましい調査の結果なんです。岐阜県水産研究所の研究者が一人で県内の産卵場所の川幅と勾配を計測しまくって、渓流魚の産卵が期待できる条件を明らかにしたんです。その調査地点は、ヤマメ・アマゴで120 地点以上、イワナで130 地点以上です。まさに研究者の努カの結晶なので、ぜひ参考にしていただきたいと思います。もうひとつ、候補地選びで大事なのは、やはり漁協や釣り人が実際に産卵や稚魚を確認している場所かどうかということです。そういった実績がある場所では成功する可能性がぐっと高まるでしょう。

 

 

川を取り巻く環境への視点

安田 なるほど。私が河川環境を調べるときに、いつも重視していることのひとつに、周囲の植生、つまり河畔林だけではなく、河道からもう少し離れたところまでの植生が、植林されているのか、あるいは落葉広葉樹なのかを見ます。それは餌料環境に大きく影響していると考えているからですが、そのあたりはいかがでしょうか

宮本 河畔林が広葉樹であるほうが水生昆虫の種が多いことを報告した論文があります。落ち葉は水生昆虫のエサとなるので、そういった面でもやはり広葉樹がたくさんある川のほうが生産性は高いと思います。もうひとつ、落ち葉の中にイワナの稚魚が隠れていたりするので、隠れ家としても重要と考えています。

 

安田 落ち葉の中に入りますね。特に浮上して間もない頃ですね。

宮本 そうです。あれが外敵から身を守る隠れ家になっていて、葉とか枝がたくさん落ちるような環境で、かつ倒木なんかがあればなおよし、と思います。僕の研究では、枝を束ねた障害物を設置するだけで、捕食による死亡が緩和され、放流魚の生残率が2 倍以上にまで改善することがわかっています。そういった隠れ家となる物理環境が残されている場所は非常によいと思います。また、倒木や巨石があると川底が掘れて、複雑な環境がつくられ、魚が住みやすくもなります。

 

安田 産卵後仔魚が孵化し、その後浮上すると、最初にまず雪どけを迎えます。すると、当然ですけれど水位が上がりますね。水位が上がり、流速が速くなったときの仔稚魚の退避場所というのはどのようなところが必要になるでしょうか?

宮本 水位が上がった際には、下流へ流される魚もいると思いますが、それが下流の資源になることもあります。いっぽう、河川工事などで人間が形を変えてしまうと、どうしてもシンプルというか単純な形になりがちなのです。ですが、本来あるべき姿はそうではなく、一見、魚の生息場所とは無関係のような場所も含め、さまざまな環境が存在する場所、つまり物理環境が複雑な状態だと考えます。たとえば、渇水や通常時に水は流れていない川岸でも、水が増えるとそこが仔稚魚の避難場所として利用されることがよくあります。ですが川岸を護岸のためにコンクリートで一面固めてしまうと、そういった避難場所は失われてしまいます。そういうことまで考えて川づくりをしなければいけないと思います。一言でいってしまうと大切なのは川の環境の複雑さで、複雑さを維持するには倒木や石が必要ということにつながっていきます。安田さんはどのように考えますか?

 

安田 注目したいのは、たとえ護岸されていても、その護岸の範囲内でわずかでも蛇行があるかどうか。それから河道に近いところに、カバ—がちゃんと残されているかどうか。これらがあれば出水で水位が上がったときに、特に遊泳力の弱い魚などが、蛇行の内側のカバ—の中に逃げ込めます。そこは流速が遅いですから。そのような場所で水位が下がるまで退避できることは、非常に重要ではないかと考えています。それから河床硬化が進行して、礫が減少し、流速が速くなった河川は全国的に多数あると思いますが、その状況で水生生物が出水に耐えるためにもやはりカバーが必要となりますね。平水時は河道になっていない陸上部に、カバーや大型の礫を有する河川環境が大切ではないかと。

宮本 そうですね。川の中の、倒木や石をもっと大切にしなければいけないと本当に思います。河川工事を否定するわけではありませんが、魚の生息場所という観点から誰も何も言わない状態だと、工事作業の際に邪魔となる川の石は取り出され、最後に岸側にずらっと並べられ、ひどい時には川辺から遠い陸地に運ばれて積まれてしまう場合もあります。魚を増やすうえで川の中の石は貴重な財産だということを知ってほしいなと思います。

 

安田 そうですよね。

宮本 僕の研究では、石などの障害物の多い場所では、外敵からの捕食による影響が緩和されるばかりか、魚同士の縄張りをめぐる干渉(ケンカ)も緩和され、生息できる魚の数が増加することがわかっています。裏を返せば、障害物がなくなると魚の生息密度も減少するということです。そのため、河川工事で川の中の巨石を動かす場合には、可能な限り工事前の状態に戻すよう伝えるべきですし、漁協にもそのような観点から河川工事をみてほしいなと思います。また、川の中の石が財産で、育まれる命があるということを、研究者もしっかり伝えていかなければいけないと思います。

内水面漁協活性化に取り組む日光市地域おこし協力隊の田邊宜久さん(が扮するさーもんまん)。宮本さんとともに地元の子どもたちに渓流魚のかけがえのなさを伝えている。地域おこしと釣りを結びつける彼の活動も注目に値する

 

 

水底の環境変化がもたらすもの

安田 そうですね。先ほど宮本さんがおっしゃったように、川の変化には多様性があって、瀬があり淵があり落差もありますし、河床材料もさまざまですね。それから産卵のほうに話が戻ってしまいますが、自然再生産に適した環境について九頭竜川水系でサクラマスの産卵謂査を継続してきた経験から、近年産卵に必要な礫が急激に減少しています。

宮本 それは大型になっているのですか?小型になっているのですか?

 

安田 大型です。およそ20~50mmくらいの礫が減少しています。ヤマメなどの産卵にも必要ですが、底生動物にとっても必要です。それが急激に減少しています。この原因は砂防堰堤などで礫の流下が阻害されるためですが、砂防堰堤は治水のために必要な構造物なので簡単に取り除くわけにはいきません。解決が難しい問題ではありますが、砂防堰堤の上流に堆積した礫を一度に大量にではなく、少しずつ下流に供給する仕組み考える必要があると思います。河道が蛇行したり、植生が良好であっても、産卵環境や底生動物の生息環境が悪化している河川はかなり多いのではないでしょうか。

宮本 そうですね。

 

安田 宮本さんが先ほどおっしゃった大きい石と共に、川の中の石は本当に財産だなって思います。

宮本 財産ですね本当に。栃木の川を見ていると、今、上流部では特に、土砂の影響が結構大きくて、むしろ細かい石がメインとなる場所も多くなってきました。

 

安田 砂礫に近いサイズですか。

宮本 そうです。砂や砂利ですね。それが淵を埋めて浅くしてしまうんです。その問題が県内の至る所で出てきています。「昔はもっと深くていい川だったんだよ」とか「今の川の上流部は本当に浅くなっちゃって、淵が埋まって魚がいなくなっちゃった」なんて話は漁協の年配の方からよく聞きますね。

 

安田 出水の際に河川に流入してくる礫、砂も含めて、それは山の環境が大きく反映されていると思うのですけれど……。

宮本 そうですね。

 

安田 そうすると、やはり山の環境が変化してきたということでしょうか。

宮本 森、川、海のつながりを回復させるため、海の漁業者による山での植林活動が話題となっていますが、やはり山の環境も大きく変化しています。原因は樹木の伐採のほかにもゲリラ豪雨などの気候変動の影響も大きいと考えられます。栃木県の河川上流域では、堰堤などの影響で大型の石が供給されず、細かい土砂だけが川へ入り、淵を埋めたり、水深が浅くなったりしています。適切な量の巨石が供給されれば、そこを起点に洗堀され、淵が復元されますが、過去に存在した巨石は洪水などで流されたり、土砂で埋まってしまっている状態です。

 

安田 砂防堰堤ができると、最終的に河床勾配がゆるくなるので、粒径の小さい軽いものだけが下流に流れてくるようになりますね。

宮本 そうですね。その傾向が顕著に見えますね。

 

安田 砂防堰堤を作れば、この現象は透過性でない限り、どこでも起こりそうですね。

宮本 そうですね。そういった問題を解決して、漁場を復活させるような試みも実施できればと考えています。海外や最近では日本でも、意図的にダムからフラッシュ放流をして、瀬、淵を復活させる取り組みもあるので、そういった観点も含め、土木サイドの方々と協力して何か取り組めないかなと考えています。

 

安田 今までにもスリット化するなどいろいろな試みがありますが、よい事例は少ないようで。

宮本 漁場規模で効果を検証ができた例はまだまだ少ないと思います。実に、「釣り場が復活しました」という事例が増えていけば、漁協も土木サイドも互いに歩み寄る機会が増えると思いますね。

 

安田 やはり河川にはさまざまな人々がかかわっているので、横断的に対策を考える必要があるかと。たとえば河川管理者、林業、漁協、釣り人など。

宮本 そうですね。

 

安田 できるだけ多くの分野の人に手をつないでほしいですね

宮本 そうですね。やはりそれぞれが意見を伝えられるというか、互いに連絡し合える仲になっておかないと前には進めないですからね。でも、そこにはどうしても人間関係や組織の問題が出てきてしまいますし、工事の目的や土地柄によっても自然環境や魚への配慮は異なるでしょう。その問題解決はとても難しいと思っています。

 

 

市民に関心をもってもらう川づくりへ

安田 自然再生産では下方分散した稚魚や産卵遡上する親魚が移動できるように連続性の確保も重要になりますね。

宮本 そうですね。

 

安田 堰堤などが障害になると思いますが、効果的な魚道というのはあるのでしょうか。

宮本 魚道は、周辺の環境や対象とする魚類によっても効果的な形は変わると思います。そのため、魚道を設置する際は、設計の段階から漁協がどのような漁場を求めているのかを把握し、そのうえで話を進める必要があります。また漁協が魚道の設置や管理を希望する場合、単にお願いするだけでなく、自分たちも動く意思を示したほうが、問題の深刻さを受け止めてもらえるでしょう。僕個人の気持ちとしては、漁協さんが対応可能な部分、具体的には現地を調査したり、簡易的な魚道の設置を検討することで、魚道の重要性を周囲にも知ってもらい、市民や釣り人の方にも応援してもらうような形で進めていき、最終的には行政や土木サイドも巻き込んで「では、しっかりとした魚道を作っていきましょうか」という流れになると一番美しいと思います。もしかすると、維持管理の面では、簡易的な魚道を毎年作り続けたほうが、効果的に魚を遡上させられる場合もあるかもしれません。長野県水産試験場では、コルゲート管を利用した簡易魚道を開発しており、2021 年から長野県内の漁協が、その簡易魚道づくりに実際に取り組んでいます。いきなり「作ってくれ」と土木サイドに言ってもなかなか伝わりづらかったりすることもあるので、「じゃ、まず自分らでやってみようよ」みたいなことから始められる技術を開発することも大事だと思っています。

 

安田 ごく簡易的なものだと、土嚢袋を積んで改善しているところもありますね。あれくらいなら本当に、漁協さんでも市民レベルでもできそうですね。

宮本 そうですね。「あったらいいな」って話すのは多分誰でもできると思うのですが、そこから一歩進めて、実際に身体を動かしてやってみて、仲間を増やしていくみたいな、そういった活動に広がっていくのが一番理想的です。また、そういった活動を評価する仕組みができると、なおよしですね。

 

 

 

 

 

2023/3/1

最新号 2024年6月号 Early Summer

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