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WILD LIFE

C&R区間でも尾数制限 保全を次のステージヘ

峠川で続く、石徹白漁協と地域が紡ぐ再生産と生態系保全の挑戦。

安田龍司=聞き手 編集部=文と写真
フライ

峠川C&R 区間 誕生への道のり

安田 本日はよろしくお願いします。さっそくですが佐々木さんのご出身は地元でいらっしゃいますよね。

 

安田 その時、佐々木さんご自身は組合員ではなかったのですか。

佐々木 はい。実はここは、地域全戸の世帯主がこぞっての漁協の組合員なんです。

 

安田 それはちょっと特殊ですね。

佐々木 石徹白川は、福井県の九頭竜川へ流れ込んでいる支流で、今は岐阜県と福井県の県境をまたいでいるのですが、石徹白村は、昭和33年、1958 年までは、福井県大野郡石徹白村で、当時は石徹白村も福井県だったのです。昭和33年に石徹白村が岐阜県になるのですが、漁業権は県境をまたいでそのまま福井県のものだったという経緯があります。ある時、岐阜県から石徹白の地域に、「地域として漁協を立ち上げなさい」と行政指導があったのですが、地域で漁業をする方が多いわけではないものですから、その当時の自治会長さんが、「全戸加入で組合員になりましょう。最低限の5000 円の出資をしてほしい」と呼びかけ、それで全戸加入ということで石徹白漁協を立ち上げたのが昭和58年、1983年です。そして、私が石徹白に戻ってきてからほどなく、「ここにキャッチ&リリース(以下C&R)区間を作りたい」という、斉藤さんが来られて、私も関わり始めたのが確か1998 年だったと思います。そして当時の組合の理事だった、のちに組合長になる石徹白隼人さん、斉藤彰一さんと、岐阜県の水産課へ出向いて、「C&R をやりたい」ということを話にいったのです。そして、翌年の1999 年にはイベント的にやってみましょう、ということになりました。当時の組合長や、エサ釣りの方たちにはあまりいい顔をされなかったのですが、1999 年5 月の最終週末の2 日間だけ、峠川の今のC&R 区間から本流までの間に特別に魚を入れて、釣った魚をリリースするイベントを2 日間行ないました。皆さんに広報など周知してもらって、全国からだいたい300~400人が来てくださいました。

 

安田 かなりの人数ですね。

佐々木 来られた方はその趣旨を理解していらっしゃるので、「いいことですね」「ぜひ定着させてください」って言ってくださいました。そういうことを聞きながら、ああ、こういう人たちがいるんだということに気づいて驚いたことを覚えています。

 

安田 当時は確か「石徹白フィッシャーズホリデー」というイベントでしたね。

佐々木 はい。最初の2~3 年は成魚放流もしていましたが、その後稚魚放流に切り替えて、何らかの形で放流をしていました。それからさらに数年経過した後に完全なC&R 区間として、何とか遊漁規則として盛り込みたいので

 

安田 でも……。

佐々木 簡単には話は進みませんでした。そんなときにスポーツ報知さんがフィッシャーズホリデーのイベントを取材に来られて、新聞の片面半分くらいで紹介してくださったのです。

 

安田 それは結構大きく取り上げてくれたのですね。

佐々木 当時はC&R なんていうのはほぼ皆無の頃でしたので、新聞掲載の効果は大きかったです。そのあたりから、県が少し話を聞いてくれるようになりました。「しょうがないな」という感じになり、2014 年にようやく遊漁規則の中にC&R 区間の設定を明文化することができました。

 

安田 長い道のりでしたね。

佐々木 15、16年以上ですか。振り返れば長い期間だったけれど、あっという間でしたね。漁業権更新になる2 年くらい前かな、父親が亡くなって、さきほどもお話ししたようにここは全世帯主が組合員なので、そちらも相続しました。それを待ちわびたように、当時の石徹白組合長から、私を組合員の筆頭理事にという話になって……(笑)。漁協のことについてはずっと協力はしていたのですけれど、私は釣りをしないものですから。でも組合員、理事になって3 年後には前組合長の石徹白さんが組合長を辞められて、私に組合長職が回ってきました(笑)

 

C&R 区間でも制限尾数は1 日1 人10尾まで

安田 当初、斉藤さんが来て、「C&R をやりましょう」と言ってきても、やはりすぐには受け入れられなかったのではないでしょうか。

佐々木 そうですね。石徹白の人たちの釣りというのは、自分のところで食べる分だけ、たくさん釣っても10尾くらいまで、というものでした。リリースするということはぜんぜん頭にないわけですね。でも、遊漁券を買って外から来る釣る人たちは、魚がたくさんいればたくさん釣りたいという思いがありますので、せっかく来たのだからたくさん釣らせてやれよという話になるのです。でも現実は放流をしているから魚がいるだけであって、それをやめたら魚はやっぱり絶えてしまいますからね。組合を維持していくためには、来ていただいた釣り人から遊漁料をいただいて、その中で魚も供給できるような仕組みを作らないと、運営できません。そのあたりを当時の石徹白組合長が少しずつ組合員の方に説得していきました。

 

安田 佐々木さんは釣りをされないとのことですが、全戸組合員だと釣りをしない方たちのほうが多いのではないでしょうか。

佐々木 そうですね、釣りをしない人のほうが多いです。もし私も釣り好きだったら、「あいつは釣りが好きだからあんなことを言うのだろう」って言われたかと思います。

 

安田 その釣りをしない人たちが、なぜこれほど協力的というか、モチベーションが高いのでしょうか?

佐々木 全員のモチベーションが高いというわけではないかもしれませんが、もともとここの漁業組合の成り立ちが、行政指導です。その時の主眼は地域貢献というか地域振興なのです。ここも過疎化の波がひどいですから地域振興として、集落を守っていくのに何かひとつでも手を打たないといけない。そこで漁協を立ち上げれば、集客も多少はできるだろうという考え方だったのです。その折に、斉藤さんたちが、「リリースをしたら魚は残るよ。よい魚がいれば人も来るよ」と。そういう考え方のほうが漁協としては、生き残れるのではないかな、というふうに私は思っています。

 

安田 それでも遊漁券収入が限られているので、それ以上の放流はできないわけですね。

佐々木 ですから去年C&R 区間でも釣果制限を設けまして、制限尾数は1日、1人10尾まで、本流での持ち帰りも10尾まで、というのを規則として決めたのです。これに関しては結構違和感を持たれる方はいます。奥の谷へ入ったエサ釣りの方に言わせると、「10尾はきついねえ」って。山の奥へ入って行って、きついとおっしゃるのは、ちゃんと規則を守られているということですから、それはそれですごいなと思うのですけれど(笑)

 

安田 たとえリリースをしても尾数制限があること、それから持ち帰り制限も両方あるという漁協って……

佐々木 多分ほかにないと思いますね。

 

安田 やはりそれは、最終的に再生産につなげるべきだという考えがあったからでしょうか。

佐々木 そうですね。ましてや最近はいろいろと値上がりもしていますし、やみくもに放流もできるわけではないですから。リリースによって魚が保全され再生産によって、きれいな魚が釣れるようになり、さらに、しみだし効果で本流でも釣れるようになるわけです。そして少しでも再生産の効果を上げるために、C&R 区間以外の釣り場でも10尾までという規則を設けています。多分石徹白のような小規模な漁協ではここまでしないと、継続することは難しいと思っています

 

フライ

右/石徹白川にある第一堰堤。下流の大進橋からここまで、約l kmを禁漁区に設定した。看板に「生態系保全の為」と書かれているとおり、釣り以外にも視野を広げている左/C&R 区間でも1日10 尾までという尾数制限を設けた

 

規則だけでなく、河川環境の整備を

佐々木 C&R 区間を始めて10年くらいは、「ここへ来ればきれいな魚が釣れる」ということで、釣り人にもたくさん来てもらいました。でもだんだんと……。河川環境が悪くなってきて産卵する魚も減っているのだと思います。産卵する場所が、きれいな砂利ではなく藻が付着したようになってしまうものですから。

安田 そのような河川環境の悪化が進むと漁協さんの努力だけでは改善が困難になってきますね。

 

佐々木 そうですね。でも今年は、安田さんにご指導いただいて、峠川にヤマメ親魚を少し放流する取り組みを始めました。およそ20年ぶりに入れたのですけれど。そしてこの先の1年2 年、ようすをみて、少しでも再生産しに繋がってくれればよいと考えています。

安田 そうですね。このような変化は何が原因とお考えですか。

 

佐々木 峠川の河川環境が悪くなった影響がいちばん大きいかと思います。本流の水のきれいさと比べると、あまりにも違います。

安田 変わりましたね。川底も全体的に藻が付着してヌメッとした感じになりましたからね。

 

佐々木 以前は渇水とか、雨が降らなくて藻が付いて、「ああ嫌だなあ」と思っても、出水があるときれいな川に戻ったのですが最近はそうならないのです。

安田 私が、斉藤さんに声をかけていただいて、最初にフィッシャーズホリデーに参加させてもらった頃の峠川のイメージって、「これだけ魚がいたら、釣れなくても楽しいな」というくらいいました。

 

佐々木 釣りをしない人でも、橋の上から「あ、いる」「あっ、ここにもいる」って楽しそうでしたから。でも今は、その橋の上から2~3 尾くらいしか見えないですから。本当に。変わっちゃったなと思いますね。

安田 C&R なので、釣り人が釣って持って帰るという影響は小さいはずですから、やはり環境の問題でしょうか。

 

佐々木 そうですね。岐阜県の研究員の方や大学の先生などに、コロナ禍以前まで、4~5年間ずっと個体数の調査をしていただきました。100 平米単位で見ても、個体数はほかの河川よりは多く、平均以上だったのです。コロナ禍になって以降、個体数の調査はやっていないのですけれど、体感としてはあきらかに減っていると感じています。小さい魚を見かけるので、産卵はしているのかなとも思いますが。

安田 実際に川を観察しても、釣りをしてみても、以前と比べると特に大型のイワナが減った感じはしますね。

 

佐々木 やはりイワナの数が減っているのですね。

安田 私たちが行なっている調査では、産卵に必要な小石が減っているということが分かってきました。小石が減少すると産卵環境が悪化するだけでなく、水生昆虫も減ってしまい、エサも不足しますから。

 

佐々木 確かに、そうですね。

安田 ということは、稚魚たちにも影響はあるけれど、当然、ある程度大きく育った魚たちも、エサが充分ではないので、以前だったら40cmくらいになっていたかもしれない魚が、結果的に30cm にもならないという状況が、今ここで起きている可能性があると考えられますね。

 

佐々木 魚を放流していなくても、10年くらい前までは、「今日、尺のイワナ出ましたよ」という話をよく釣り人からも聞いていました。来てくださる方って、「何尾釣った」というよりも、「今日、尺のイワナが釣れました」と喜んでいた印象があります。

安田 そうですね。それから私が一緒に活動をさせていただくなかで、石徹白漁協さんは環境を保全することにとても関心を持たれているなと感じています。素晴らしいと思ったのは、大進橋から第一堰堤までの区間を禁漁にされたとき、当然魚を増やすことが目的のひとつなので、普通はそれを第一目標のように、看板に書くことが多いと思うのですが、ここでは「生態系保全」と書いてありました。

 

佐々木 右岸側に人工産卵場もあるし、ここは生態系を守っているということで、理解をしていただくようにしています。今の漁協の組合員の理事たちも、私の年齢がいちばん上で、あとは30、40、50代のあたりです。また斉藤さんの息子さん、斉藤淳君がここで生活をしてくれていて、横の繋がりもできてきました。今の理事たちも、若い時にフィッシャーズホリデーに参加したりしていたので、いろいろ繋がってきているという実感はありますね。

安田 本当にそうですね。峠川でも本流でも産卵場の造成をやっていますが、本流のほうも随分前から産卵環境が悪くなっていっていますね。

 

佐々木 せっかく安田さんたちにも手伝ってもらっていますが……。実は禁漁区のあたりに別荘があって、その敷地の脇に、谷があるのです。別荘地を所有しているのは愛知県で半導体の研磨をしている会社なのですが、彼らも山を保全しなければいけないということで、石徹白にかかわってくださっています。伐採された山の一区画を地主と契約して、そこにナラなどの広葉樹を植樹していく事業を始めたり、その谷あいで産卵場造成ができないかって言っていただいて。先日見てきましたが、草を刈ってやれば、できそうな感じでした。

 

安田 それは、石徹白漁協さんがそういう意識を持って普段から頑張っておられるので、結果としてそういう人たちが集まってくるわけですね。そういう取り組みに対して、岐阜県のほうも、前向きに対応してくれているのでしょうか。

佐々木 そうですね。今は補助金の項目の中に『産卵床造成事業』と出してくれるようになりました。かつてはありませんでしたから。すぐには結果がでないと思いますが、地道に続けていくしかないですよね。

 

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上/第一堰堤から下流の禁漁区の流れ。すばらしい渓相下/全国的にもいち早くC&R 区間を設定した石徹白川支流の峠川。当日は水星が少なく、家族連れが水遊びをしていた

 

結果を急いでできることではない

安田 小学校のフライフィッシング教室も長く続けられていますよね。

佐々木 14~15 年になります。もともと、イベントで「フライロッドを振ることを地元の小学生の子に教えたらどうか?」という話から始まって、イベントにかかわってくれている皆さんに教えてもらいました。そのうちに「実際に川でやったほうがいいんじゃないの?」ということになりました。有志の方たちが手弁当で通ってくれています。毎年6 月と7 月、月に2~3 回、水曜日の午後から来てくれて、2~3 時間くらいやってくれています。それでも私はフライで釣れたことがないんです。バラすだけ(笑)。でも女の子たちもちゃんと釣りあげて、先生たちは自分が釣るより喜んでいますよ。

 

安田 小学校の活動の一環でやっているのは素晴らしいですね。ただ釣るだけじゃなくて、キャスティングやタイイング、水生昆虫のことや、魚の扱い方も勉強していますね。そして環境についても学んでいることが素晴らしいと思いますし、そういう環境や魚たちが地元にあるということを小さい頃に学べるところに、価値があるのだなと私は思っています。

佐々木 子供たちは、今はまだわからないかもしれないけれど、外へ出たときに知るようになるといいなと思います。花火みたいにバーンと上がって、さっと散るというより、草の根で少しずつ広がっていくほうがよいのかな、と想像しているのですけれどね。

 

安田 今までお話をうかがっていて感じていたのですが、本当に結果を急いでいない。そこが石徹白独特だと思います。

佐々木 いえ、たぶん急いでできることではないと思うのです。C&R を始めるにあたっても、やって終わりでもなかったし、そこまでのプロセスがとても長かったものですから。そしてそれを続けているなかで、次の展開を考えても、すぐに結果の出ることってたぶんないと思いますし。でもやはり、再生産ができるこの環境を、どうやって守り続けていくかということが、今もこれからも一番の課題だろうと思っています。

 

安田 自然相手のことだからすぐに結果が出なくてもよいという長期的なビジョンを持てることは、石徹白の中居神社の思想は関係していないですか(笑)

佐々木 それはどうでしょうか(笑)。この地域は古いのですが、根源にあるものは傷をつけずに、手を付けずに、みんなが働いてできた蓄えというか利息というか、常にそれを使って、次へ次へとつないでいくという考え方をこの地域の人はずっと持っていた。そういうことを、前組合長の石徹白さんはいつも言われます。それを初めて聞いた時はなるほど、と納得しました。そうしていかないと、後世につなぐということはできないですからね。そしてとにかく継続するということです。やめることは簡単ですが、次にそれを復活させるのは大変ですから。ですから続けることそのものが、ここの財産だと思います。

 

安田 まさにそうですね。

佐々木 全国的に内水面のどこの漁協も、単独ではやっていけない状況にだんだんとなっていると思うのです。すると、合併という話になってくる。合併は絶対しませんとは私は言っていないし、言えない。だからその時にどうやって、ここの形を維持していけるかだと思います。何より頼もしいのは、私らより若い世代の人が、ここの環境を維持しなくてはならないと考えてくれています。C&R 区間や自然再生産の仕組みをはじめ、自然環境を守るということを、今の若い子たちは充分理解していると思います。そして、そのあたりの橋渡しはできてきたのかなと思っています。

 

フライ

これは別の区間の産卵河川。小さい流れなので、魚が遡上できる状態をキープするためには手入れが欠かせない。こういう地道な作業を進めるために、イベント化したことは慧眼

 

Profile

佐々木茂(ささき・しげる)

石徹白村に生まれ育ち、高校卒業後名古屋の金融機関に勤務したあと帰郷。実家の製材業と民宿業を継ぐ。地域全戸の世帯主が漁協組合員という特殊な環境のなか、正式に組合員になる前からキャッチ&リリース区間の設置に尽力してきた

 

Profile

安田龍司(やすだ・りゅうじ)

その活動が認められ2017年に第19 回日本水大賞・環境大臣賞を受賞したサクラマスレストレーション代表。サクラマスの産卵、川の物理環境(護岸、底石など)の調査、小学校での発眼卵観察と放流、研究者が集まるシンポジウムでの講演、河川管理者への保全区域のアドパイスなど、サクラマスを指標種として利用し、河川環境全体を改善する取り組みを続けている。弊誌ではおなじみ、本流フィッシングのエキスパート。シマノアドバイザー。

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