クレソンと尺アマゴ
夏の本流で、思わぬボーナス
遠藤 岳雄=文・写真高水温の日中。本流の釣りとしては、限りなく可能性の少ない状況のなか、ほんのピンスポットにその楽園はあった。2日間に渡って尺上がヒットし続けた、白昼夢のような釣り。
この記事は2014年10月号に掲載されたものを再編集しています。
《Profile》
遠藤 岳雄(えんどう・たかお)
1969年生まれ。静岡県裾野市在住。春は本流のマッチング・ザ・ハッチ、夏は山岳渓流のイワナ釣りをメインに楽しんでおり、ニンフの釣りも得意。大ものにねらいを定めた状況判浙には定評がある。
遠藤 岳雄(えんどう・たかお)
1969年生まれ。静岡県裾野市在住。春は本流のマッチング・ザ・ハッチ、夏は山岳渓流のイワナ釣りをメインに楽しんでおり、ニンフの釣りも得意。大ものにねらいを定めた状況判浙には定評がある。
あるライズ発見情報
あの出来事はいったい何だったのだろうか……。今思い出してみても、まるで狐にでも摘まれたような釣りを体験したことがある。数年前の6月下旬。渇水で真っ白く乾ききった本流の河原にフライロッドを持った僕はいた。時間は朝の9時を少し回ったところで、頭上からは初夏の日差しがさんさんと降り注ぎ、上下流の流れではところどころにアユ釣りを楽しむ人がサオをだしているのが見えた。まるで渓魚とは無縁とも思われる風景だが、ここに足を運んだのには理由があった。
前日の朝、通勤途中の僕の携帯がけたたましく鳴った。(仕事にしてはまだ早い。誰だろう?)と電話を見ると、本流釣り仲間のエサ釣りが好きなAさんからだった。春先ならいざ知らず、こんな時期に珍しい。Aさんは何やら興奮気味だ。
「もしもし。えええっ!? マジ? なにそれホント??」と驚く僕を尻目に、Aさんは機関銃のように一方的に喋りまくり、とにかく本流へ行ってみるようにと最後に言い残し、電話を切った。
Aさんの話によると、朝イチだけサオをだしに川へ出掛けてみたもののお目当てのポイントではパッとせず、仕方なく河原をウロウロしていると、あるポイントでかなりの数のライズに遭遇したというのだ。時期も時期だけに、ヒゲナガのモーニングライズにでも遭遇したのだろうとその時間を聞くと、Aさんが帰る間際の午前9時過ぎまでライズは続いていたが、その後のことは分からないという。
初夏の本流→渇水→9時過ぎのライズ……電話を切った後Aさんの話を思い出しながら繰り返し整理してみるも、いまひとつ釈然としない。しかし、彼の情報はこれまでも正確だった。ならば行ってみるか……というのがここに来た理由だった。
幅広で鼻がとがった本流尺アマゴが釣れ続けた。その答えは意外なところに……
水温23℃の本流にて
Aさんに聞いたポイントは、瀬の流れが岩盤にぶつかり、深い淵を形成しながら左に大きく流れを変え、そこから50m程深瀬を形成している、“いかにも”という場所。僕はその深い淵の正面に陣取り、岩盤に流れがぶつかる地点から左に伸びるバブルラインをしばらくの間凝視していた。しかし、春であれば絶好のライズポイントに違いない目の前の流れも、時期が時期だけに波紋どころか生命反応すらまったく感じられない。
思い出したようにベストから水温計を取り出し、念のため渇水の流れを測ってみると……23℃。心の中では想定内だと言い聞かせながらも、(Aさんマジか?)などと要らぬ思考が沸々と湧き上がり、絶望的な気分になりかけていた。しかしその時、下流の深瀬からド派手な飛沫の上がる音が響いた。
とっさにその方向へ目をやり、そのポイントを特定しようとした矢先、今度は2度目の飛沫をしっかりとこの目で捉えた。
自分のいる左岸側の下流10m程の岸際……ちょうどその場所だけワンドのようになっており、河原に小さな半円の池のような窪みを形成していた。
姿勢をできるだけ低くしながら、ゆっくりとそのワンドを回り込むように下流へ行き、飛沫が立った辺りを覗き込んだ。すると驚いたことに、ワンドと本流の境目になっている水深1m程の底近くをウロウロするかなりの数の魚影が見えたのだ。
驚きのあまりしばらくそのようすをボーッと見ていると、突然そのなかの1尾が電光石火のごとく水面を割って、また元の位置に戻っていった(ライズだ。間違いなく何かを捕食した……)。
慌ててロッドにラインを通し、やや大きめのフックに巻いたスペントパターンを投じてみた。1投目、ワンド側に落ちたフライはほとんど流れることなくフワフワと漂っている。その時、黒い影がもの凄い速さで浮上してきたと思ったら、派手な飛沫とともにフライが消えた。
いきなりの出来事にほとんど反射的にアワセを入れると、ズッシリとした重みとともにラインの先でギラギラと生命感が躍動した。魚は最初こそ暴れたものの、その後はおとなしくなって簡単にネットに収まった。アマゴ32cm……。
川底から浮上してくるように、勢いよく水面を破った尺アマゴ
土手に一筋のヒント
その後も、まるでリプレイでも見ているかのように同じ反応があり、そこで計7尾のアマゴを釣った。しかもすべてが尺上。高水温に順応したのか、春先に釣れるそれとは異なり、ウロコが剥げ落ちることもなく、どことなく浅黒い、それでいてコイ科の魚のように黄金色をまとった容姿のアマゴたちだった。釣れた時期、シチュエーション、そして魚……。無我夢中で釣るには釣ったが、それでもどこか釈然としない。何かが違う……そう思いながらネットに横たわるアマゴを眺めていると、ふと不思議なことに気が付いた。
アマゴが横たわるワンドの水が本流に比べ明らかに冷たいのだ。そしてその部分の底だけが白い砂状になって、そこかしこに水草が生えていることに気付いた。もしやと思い、ワンドの奥に目をやった途端、それらの疑問がいっぺんに解けた。
このワンドのように見える流れは実は湧水なのだ。その証拠にワンドの奥から河原を隔てた数10m先の土手まで、まるでこの下に水が流れていますといわんばかりに、真っ白な川原の中を緑色のクレソンが一筋の線となって生えている。
つまりここは、河原の中を伏流しながら流れてきた湧水の出口だったのだ。試しに水温を測ってみると19℃。やはりだった。
この時期の本流にあって明らかにここだけは別の世界が広がっている。そしてより冷水を好む魚たちも、19℃とはいえ本流よりも水温の低いこの場所に集まっていたのだ。もしかすると、あの電光石火のライズフォームも、高水温の水面に出なくてはならないゆえの、必死の捕食動作なのではないだろうか。そんなことも頭をよぎった。
解禁直後のタイミングから、本流域で釣れる尺を優に超すようなアマゴたち。僕は常々これらの魚はどこから来るのだろうと疑問に思っていた。しかしこの出来事を通じ、渓魚はこのような場所で越夏しながら本流に留まっているのだという確信が持てた。
翌日、僕の話を聞いた友人が遠方からやってきて、立て続けに3尾の尺アマゴを釣った。当然僕も、また数尾の尺上を釣り、まさに夢のような釣りを連日経験した。
翌日にさっそく飛んできた友人も釣りまくる。何の変哲もない場所だが、よく見ると周辺には湧水の気配が、確かにあった
しかしそんな日々は長く続くことはなく、数日後に降ったまとまった雨で本流は増水。水が落ちた頃合を見て再度その場所へ出掛けてみると、あのワンドは跡形もなく消えていた。河原には相変わらず土手に向かってクレソンが一筋の線となって伸びているので、その下には湧水が流れていることは間違いないのだが、肝心の出口がなくなってしまっていたのだ。
ここぞとばかりに、ボーナスのような本流のライズフィッシングを満喫
本流へ直接染み込んでしまったのか、あるいはまったく別の場所から地表に出ているのか? 辺りを見回してもそのようなようすもなく、もうあの尺アマゴたちを見つけることもできなかった。
あの日以来、本流へ出掛ける時には必ず河原を見回し、一筋のクレソンの存在を探すことが日課になったのだが、未だにあのような状況には出くわせないでいる。
2018/6/12