エルクヘア・カディス 定番の理由。
日本の渓流に浸透したドライフライ
里見栄正=文
今や多くの釣り人のボックスに入っているエルクヘア・カディスだが、里見栄正さんにとっても、それは思い入れのあるパターン。初めて結ぶきっかけはアメリカ釣行だった。それから30年。その使い勝手のよさは、今も変わらずに日本の渓流での釣りを支え続けてくれている。
この記事は2016年7月号に掲載されたものを再編集しています。
《Profile》
里見 栄正(さとみ・よしまさ)
1955 年生まれ。群馬県太田市在住。国内のフライフィッシング黎明期からメディアなどでさまざまな情報を発信している。地元群馬や長野、東北の渓を釣り歩くことが多く、全国各地でスクールを行ないながら、シマノ社のフライロッドのデザイン・監修を手掛けている。
里見 栄正(さとみ・よしまさ)
1955 年生まれ。群馬県太田市在住。国内のフライフィッシング黎明期からメディアなどでさまざまな情報を発信している。地元群馬や長野、東北の渓を釣り歩くことが多く、全国各地でスクールを行ないながら、シマノ社のフライロッドのデザイン・監修を手掛けている。
日本に浸透した名作
エルクヘア・カディスの優れた点といえば、汎用性の高さに尽きるだろう。ということは、よく釣れるということでもある。よく「エルクヘア・カディスでも釣れちゃう」的な、いかにもイージーな釣り場やウブな渓魚の比喩に使われ、ある意味かわいそうとも思えるパターンであるが、裏を返せばそれだけ信頼のおけるフライでもあるということなのだろう。
カディスのマッチングパターンとしては当然のこと、メイフライやガガンボのハッチ、さらにはテレストリアルにもある程度対応できてしまったり、極小サイズならユスリカの釣りにも使えたりするくらいだ。一方で、非常にシンプルなパターンでありながら、奥が深いとも感じる。

かつて、初めてのアメリカ釣行ではどんなフライを使っていいのか皆目分からずにいたところ、どうもエルクヘア・カディスがいいらしいという情報を得て、とにかくサイズ別に100本単位のフライを巻いた。
25歳ごろのことだから、すでに三十数年前になるが、そのおかげか、かの地のレインボーやブラウンは予想以上によく反応してくれた。
しかし、その釣行で使ったフライは数にしたらごくわずかで、帰国した時点では大型のフライボックス1つぶんくらいのエルクヘア・カディスが手もとに残っていた。
そうなると日本での実績は皆無ながら、しまいこんでしまうのもどうかと、とりあえず国内の渓流で使ってみたところ、これが抜群に効いたうえに使い勝手が非常によい。そして、それからしばらくの間はこのフライをメインで使うことが多くなった。

そうこうしているうちに、エルクヘア・カディスは「席巻」という言葉が似合うほどに国内のフライフィッシングに浸透し、誰のボックスにも必ず入っている、一度はお世話になったことがあるパターンになっていた。半面、そのせいで冒頭の「エルクでも釣れる――」という反動も起こったのだろう。
そんなこともあってか、飽きたというわけではないのだが、今度はほとんど使わないという期間がしばらく続いた。しかし気がつけば、ここ数年はまた復活して、ベストにはエルクヘア・オンリーのボックスが収まるようになった。

あっという間に大量生産できてしまうので、消耗も気にならず、惜しみなく使えて、なおかつ丈夫でケアが楽とくれば、やはり自然な流れであるのかもしれない。
時にはパイロットフライとしてスタートして、反応が悪くなければそのまま使い続け、終わってみれば2〜3本のエルクヘア・カディスだけで3桁の釣果になっていた、なんてことが実際に起こる。
また、なぜか棒状のシルエットを持つメイフライパターンよりも、ずんぐりとしたボリューム感のあるこちらに好反応を示すケースに遭遇すこともしばしば。このように過不足なく期待に応えてくれたと思える半面、それはそれでフライフィッシングとしてはどうなのかナ……と思ったりする部分もあったりするだが(笑)。
マテリアルは付けすぎ禁物
そんな僕のエルクヘア・カディスはというと、ボディーハックルをあまり密に巻かず、長さもゲイプ幅から出ない程度に抑えている。ウイングのファーは少なめにして、とにかく軽くなるよう仕上げている。また、海外や北海道で大型のマスが対象になる時は別だが、細軸の軽いフックを使っている。
●フック……バリバス2110、#12~18 (大型サイズには、TMC100#8~10、ミッジサイズは#20~28を使用)
●ボディーハックル……コックネック・各色
●ボディー……ポリダビング各色
●ウイング……エルクヘア・ナチュラルを中心に各色
普段は細く長いティペットを使っているので、回転を抑える必要上、ハックルは薄め・短めを意識している。ウイングの量は多すぎると、キャストするうえでのほどよい空気抵抗が得られず、何か硬くて重い塊を投げているようで、投射性の部分でもストレスが大きいと感じる。あまり横方向に開かないよう、エルクヘアの束を取り付けたら巻き留める直前に、スレッドを回す際の力加減で調整している。
ちなみに、ボックスにはウイングの長さも少しずつ変えたものを用意。目いっぱい起こしてコンパラ風のシルエットにしたり、両サイドに広げたり、カットしたりというように、現場でのちょっとした加工で対応できる余地を残している。
浮き方は、ポンと軽く水面に乗るようなイメージが理想。決して高く浮かせたいというわけではないのだが、それもあってウイング量を少なめにしている。

また、ボディーハックルは、ウイングのヘアとハックルファイバーがクロスした部分に、少しでも空気を抱かせたいという意図があるので、カットはまったくしない。これによって水面膜との干渉度合いがいくらかは軽減され、実際の流速よりもスローなドリフトを演出しやすくなる。これは、しっかりと魚がフライをくわえるための時間的猶予を与えることにもつながる。
ヘアの量を多くして、そのマテリアルの持つ浮力に頼った形になると、どうしても自重そのものが増えるので、意外に沈んでいる部分が多くなり、水面の動きを拾いやすくなってしまう。それもあってか、ドラッグが掛かりやすいパターンという認識を持つ釣り人も多いのだと思われる。
もっとも、沈んだ状態でも効果が期待できるのもエルクヘア・カディスならではなのだけれど。
フライを動かす
どんなフライを使ってもアクションを加えることは時々ある。しばらく水面を漂わせた後、ロッドティップの動きでチョンと一度だけアクションを入れることもあれば、メリハリの利いた動きを連続させることもある。一方で、スーッと長い距離を滑らせることもあるが、これらは着水と同時であったり、ピックアップ寸前だったりと、状況や流れの形などで使い分けている。
「動く」、言い換えれば「生きている」ということが渓魚にエサと認識させる、あるいは捕食行動を誘発させる大きなファクターの一つである以上、アクションが効果的であるのは当然。特に流れが止まったような水面では「動かして誘うしかない」といった経験は数えあげたらきりがない。
また、ヒゲナガカワトビケラの釣りにいたっては、動かしてナンボという面もあると思う。
2018/7/25