ピラミッドレイク釣行
貴重な原種の残る湖
夷谷元弘 (トラウトアンドキング)=文と写真 サンフランシスコを出発しリノへ降下する間際に広大なレイクタホを横切った。スキーやウォータースポーツ、釣りなどこの地域でのアウトドアレジャーの中心地である《Profile》
夷谷 元弘(えびすだに・もとひろ) 国内から海外まで、ガイドサービスを行なうトラウトアンドキング社代表。豊富な経験と世界中のネットワークで新しい釣り場開拓にも余念がない。
夷谷 元弘(えびすだに・もとひろ) 国内から海外まで、ガイドサービスを行なうトラウトアンドキング社代表。豊富な経験と世界中のネットワークで新しい釣り場開拓にも余念がない。
コロナ禍で海外釣行に出られなくなりはや2年が過ぎた。そこでやっと今年4月から帰国後待機期間がなくなり、行先となる各国も入国制限などが緩和されたり、撤廃されるということで、今海外釣行に出たら一連の行程はどのようなものかと、5月1日からアメリカへ向けてベイトキャスティングフィッシャーマンの赤塚さんと出発した。
噂には聞いていたピラミッドレイク
釣り場については、昨今アメリカである特殊なトラウトが釣れるということで話題になっている釣り場がある。話は戻るがコロナ以前はまさにインバウンドブーム。海外から多くの旅行客が日本に押し寄せていて、同様に世界中からのフライフィッシャーがヤマメやイワナを渓流で釣って、「オービューティフルジャパニーズトラウト~」という、今では信じがたい状況になっていた。私もそんな方々を毎週のように釣りに案内することがあったのだが、2~3年前から日本に釣りに来るアメリカ人の多くが私に「ピラミッドレイクは知っているか?」と聞いてくるようになった。なんでも湖産のカットスロートがよく釣れるというのだ。
カットスロートトラウトはニジマスの亜種でカリフォルニア州からカナダにかけて西海岸の川や湖に広く棲むマス。川では30cm前後、大きくて40cmくらいの魚が場所によっては数が釣れることは知っていた。そこでちょっと前にピラミッドレイクに行ってきたという夫婦から写真を見せてもらうと驚きのものが映っていた。そこには大柄な旦那さんにしてひとかかえもある魚体が映っていたのだ。
そこで私もインターネットで検索してみると、見たこともないような大きさのカットスロートの写真がたくさん出てきた。魚はラホンタンカットスロートと呼ばれているらしい。これは必ず釣りに行ってみたいと思っていた矢先のコロナ禍であったためその思いをじくじくと噛みしめていた。
ということで今回の釣り場に選んだのはそのピラミッドレイクである。果たして、巨大なカットスロートは釣りあげられるのだろうか。アメリカへの入国や移動はスムースにいき、無事日本に帰ることができるのだろうか。
出入国に必要な手続き
アメリカへの入国にはワクチン接種証明書に加えて、出発の1日前以降にPCR検査をして陰性証明書をつくらないといけないということで、さっそくアメリカ入国用の証明書を発行してくれるクリニックを探し予約をした。出発前日、検査の午前9時に浜松町のクリニックに行くとたくさんの渡航予定の人々がならんでいたが、慣れた対応ですんなりと受付を終え、綿棒で鼻の中をグリグリと拭われてあっという間に終わった。そしてその午後にはeメールで陰性証明書が送られてきて安心して翌日からの出発となった。成田空港の出発ロビーはゴールデンウィーク中なのだが、がらんとしていた。しかし私が乗るサンフランシスコ便は満席とのこと。ワクチン接種証明書と陰性証明書はチェックイン時に係員に見せるだけですんなりとすみ、セキュリティゲートから出国審査ゲートを通って搭乗するまでは以前と変わらないようだった。
久々の長時間フライトは機内食を楽しみながら映画を数本見ているとあっという間にすぎ、いよいよアメリカ入国となったが、コロナ関係書類の提示の必要はまったくなく、入管員が「何しに来た?」と聞いてきたので「釣りをしにリノへ行くところだ」というと、「何の魚を釣りに?」と細かく聞かれたが、こんなやりとりも以前と同じであった。サンフランシスコで乗り継ぎリノへ着くとマスクをしている人も見かけなくなった。
カジノの町リノに降り立つといきなり空港内に様々なカジノマシンが並んでいて驚かされた
リノは砂漠の中にあるカジノで有名な町で今回の宿泊もカジノホテルだ。夜になるとカジノホテルのネオンが派手に輝き、釣り旅の宿にしては独特で面白い。ピラミッドレイクまではリノの中心から60kmくらいあり、翌日のガイドとの待ち合わせが湖畔に午前5時であったため、簡単に夕食をすませてすぐベッドに入った。
ピラミッドレイクでの釣り方
翌朝5時、まだ辺りは暗くどんな場所かもわからないまま湖畔でガイドと待ち合わせして釣りを開始した。風が強く吹き寒いがこの状況は湖の釣りではよい条件のようだ。ここでの釣りは特徴的だ。なんと日本の湖でも以前見かけたことがある脚立からの釣りである。釣り方は短めのツーハンド・ロッドやスイッチロッドの8番前後を使う。この時期は産卵期で食い気があまりないらしく、フライを大きく動かさないで回遊コースをふわふわ漂わせるのが効果的とのこと。キャスティング距離も10m以内、手前のカケアガリに沿って漂わせるとよいらしい。
リトリーブの釣りは秋から春にかけてのベイトを追う季節には有効とのことだが、今回は大きなインジケーターに1ヒロくらいの水深をとって10番ほどのビーズヘッド・ニンフと12番ほどのミッジピューパを3Xティペットに枝に結び、垂らして待つ、というメソッドだ。
太陽が出ると強風のピラミッドレイクが見渡せた。岬の先端で釣るクリスの脚立は椅子がついて楽に釣れるようにカスタマイズされている
インジケーターが風で流され、何度か打ち返すのだが魚は掛からなかった。湖の対岸に太陽が上がり始め風景がやっと見えるようになると、ネバダの砂漠に大きな湖が現れた。水は澄んでいて岸沿いは藻が生えて緑色に見える場所から深場へと青くなるグラデーションが美しい。遠い対岸に名前の所以となったピラミッドの形をした岩も見える。
対岸の山から太陽が出る直前、まだ湖の中の様子は分からないがフライをキャストしてインジケーターの反応を待つ
砂漠地帯の湖の周りには植物が無く石灰岩の岩肌だけの荒涼とした風景が続いている
いまだインジケーターに変化がないまま脚立に立ち続けるのも疲れたので、ガイドにお手本を見せてほしいとロッドを渡すと、なんとほんの5分もたたずにインジケーターが水中に消えた。釣りあげたのは立派な50cmを超えるカットスロートであった。頬がオレンジ色で背中がモスグリーンのきれいな魚体であった。
カットスロートの名前の由来はエラに沿って赤やオレンジ色の線があり喉が切れているように見えることからきている。そんなきれいな、それも大きなラホンタンカットスロートを自分でも釣ってみたいと脚立に立ってインジケーターを打ち直すことを繰り返すがアタリはない。
ガイドのマイクに手本を見せてもらおうと竿を渡すとすぐに良いサイズのカットスロートを釣りあげた
そのうち日が高くなってきて水中がよく見えるようになると、驚くべきことに本当に脚立のすぐ目の前を大きな影が行ったり来たりしていた。ガイドに言われたとおり遠投せずにその先のカケアガリギリギリをねらい続けた。赤塚さんは脚立からスプーンをキャストし続けていて、2回ほどアタリがあり、1尾は惜しくも目の前でバレてしまった。
脚立のすぐ前にも常に数尾の大きな魚影が横切っている。魚影はかなり濃いようだ
スプーンをキャストして様々なリトリーブを試しながらアタりを待つ赤塚さん
岬の先端でクリスがランディングを試みているが、脚立から長竿で大きな魚をコントロールするのはなかなか難しそう
崖の上から魚影を探し、下の釣り人に場所を教えるチームプレイで効率よく釣れることに期待しながら…
あっという間にランチタイムとなり、丘の上まで上がり、ガイドがBBQグリルであたためてくれたタコスを楽しんでいる間、横に脚立を立てて釣っていた人が何やら叫んでいるような気がした。私たちがランチを食べている間に彼は2連続でキャッチしたそうだ。
その釣り人に写真を見せてもらって驚いた。たしかに1mもあるかのようなモンスターカットスロートが写っていた。聞くとその人はクリス・ベイリーというアメリカでは有名なフライフィッシャーマンでテレビにも出演しているということだ。
ついにカットスロートを手に!
現地の魚を見ることでイメージが分かり、やっと私にもアタりがあった。上がってきたのはそれほど大きくないカットスロートだがオレンジの頬と緑銀色の体がきれいな魚であった。続けて先ほどより大きめな魚もかかったのだが、この魚は体色が濃く写真で見たラホンタンカットスロートらしくカッコよかった。ランチ後にやっと現場の雰囲気が分かってくると、インジケーターにアタりが出始め、やっと釣りあげたカットスロート。銀色の魚体は回遊型か
メタリックな体に頬から尾までかかる薄ピンクの色合いが美しい魚体
1尾目に続いてすぐにアタり、やや大きなカットスロートが釣れた。体色が濃く顔が尖ったカッコよい魚体
ピンク&グリーンでもニジマスとは違う地味目な色合いが独特な雰囲気を出すラホンタンカットスロート
さらに釣りを続けていると、クリスのサオが大きく曲がっている。ネットですくうのを手伝うと80cmほどもある、まさにピラミッドレイク・ラホンタンカットスロートにふさわしい魚体であった。最後に私にも前の2尾とは全く違う重量感のある魚が掛かったが、リールを逆転させながら右に左に走りハリを外して行ってしまった。
隣座のクリスのランディングを手伝った魚体は80cmほどもあった。これだけ大きいと脚立から1人でランディングするのは大変そう
貴重な原種が残る特別な理由
ここのカットスロートは完全なネイティブで以前といっても100年以上昔、より大ものが数多く釣れていたが、乱獲で魚がいなくなってしまったらしい。しかしまだ残っていた子孫が種を繋ぎ徐々に増えてきたそうだ。科学的な調査では、残っているのは以前いなくなった種の亜種であるらしい。世界中でマスの原種がそのまま残っている場所は非常に少なく貴重なのだが、そのなかでもピラミッドレイクは巨大に成長する特別な種がそのまま残っているすばらしい場所である。氷河期にできたこの湖はもともとこの何100倍も面積があったという。その湖の名前がラホンタンレイクであった。それが砂漠気候になり、どんどん蒸発して最後に残ったのがピラミッドレイクであるらしい。それでも周囲約100kmはある大湖である。流れ込む川は1本だけ、トラッキー・リバーである。
レインボーやブラウントラウトのフライフィッシングで有名な川であるが、川が流れ込む湖にレインボー、ブラウンがいないのは湖の水質が関係しているらしい。湖は淡水ではなく海水の6分の1の塩分があり、pH9以上の強烈なアルカリ性の水で、もともとここに棲んでいるカットスロートと、数種類のチャブ(ウグイやニゴイに似た魚)しか生きていけないという特殊な環境なのである。知ると益々この魚が貴重な存在に思える。
宿泊したリノの町には派手なカジノホテルが立ち並ぶ。ここで当てて次の釣行用ロッドでも…とはなかなかいかない。
翌日は1ヵ所にとどまらず、ランガンをしながらリトリーブの釣りもしてみた。長く続く砂浜では回遊する大きな魚体を見つけ、目の前に黒いウーリーバーガーを投げると、興味を持って追ってくるのが丸見えの大興奮サイトフィッシングであった。
釣行2日目は場所を移動しながら立ち込みの釣りでキャスト&リトリーブを繰り返した
何度か口をパクパクしながらフライを追っている姿が見えたのだが、魚が近づきすぎて私と目が合ったりと惜しくもフッキングさせることはできなかった。そしてガイドのマイクにロッドを渡すとこの日もすぐによいサイズを釣りあげた。
日が昇ると砂浜に回遊する魚影が見える。進行方向にフライを投げてリトリーブすると魚はフライを見つけて追いかけてきたが惜しくも食い損ねた
最終日はボートからの釣りをやってみた。ピラミッドの前まで行き深場でフライをリトリーブしたり、赤塚さんはルアーキャスティングしたが反応はなく、トロウリングでねらうことになった。
ピラミッド岩は長年かかって成長した石灰の結晶である。なんとこの壁から水道の蛇口のように温泉が流れ出ている
ボートフィッシングでピラミッド岩に向かってスプーンをキャストする赤塚さん
ダウンリガーを8mくらい降ろしてフラットフィッシュと呼ばれるルアーを低速で引っ張るとすぐにアタリがあったが惜しくもバレてしまった。そこから暫く流して赤塚さんのロッドにカットスロートがあがってきた。50cmほどの魚体であったが、沖を回遊するためか魚体が銀色に輝いて美しかった。
トローリングでも産卵期のために食いが渋かったが、状況がよいと4時間で50尾もの魚があがるそうで、今シーズンのボート記録は22ポンド、約10kgもあるモンスターであったそうだ。
水深8mのトローリングでかかったカットスロート。回遊型なのか魚体は銀色をしていて引きも力強かった
これから岸釣りは水温が上がるためオフシーズンになる。ボート釣りで沖の深場では産卵から回復した魚がよく釣れるようになり、6月いっぱいで禁漁となる。次に10月に解禁を迎え11月はベイトが接岸するよい時期になるとのこと。3日間の釣りを終えて独特な湖の釣りを楽しむことができた。
今回は毎日リノからレンタカーで通ったが、次回は湖の畔に1軒あるロッジに宿泊して目の前の釣りを堪能しようと考えている。
湖畔のロッジレストランの壁には歴代の大物達のレプリカが、ぐるりと飾られていて見飽きることがない
帰国のために必要な手続き
釣りを終えた翌日はサンフランシスコに移動して一泊することになっている。日本へ出発72時間前に陰性検査が必要だからだ。サンフランシスコに着くと日本人ガイドの渋谷さんが迎えてくれ、空港内の検査場に案内してくれた。綿棒で鼻の穴をグリグリされる例の儀式から約40分で日本帰国用の陰性証明フォームを渡してくれた。その書類を写真に撮りワクチン証明書をともに日本帰国用アプリMYSOSにアップロードをすると内容承認の連絡がすぐにあり、安心してサンフランシスコの町の観光に出た。
リノからサンフランシスコに移動して翌日帰国用の陰性検査を行った。約40分で結果が出て日本入国用フォームに記載された陰性証明書がもらえたので安心して帰ることができそうだ
陰性検査は出発時と帰国時のこの鼻を綿棒でグリグリされるのだが、成田着時は唾液検査となる。この6月から帰国時検査が必要なくなるそうだ
帰国用アプリ(My SOS)にワクチン接種証明書や陰性証明書をアップロードして認証を受ければ、成田着時にファストトラックで素早く検疫をすませることができる
出発前に用意したワクチン接種証明書
サンフランシスコ空港の検査場で検査後もらえた帰国用陰性証明書
帰国用陰性書にはクリニックの証明書はじめ、数ページが添付されていたが、アップロードや確認書類は日本フォーマットページのみであった
釣り旅ではどうしても釣りばかりに始終してしまうが、たまには現地の観光を楽しむのも面白い。町の中心からケーブルカーに乗り坂の町を眺め、フィッシャーマンズワーフへ到着するとイタリアンレストランで地元の幸、パスタを味わった。海沿いを歩き沖合に不気味に浮かぶアルカトラズ島を見たり、ずらりと並ぶ土産物屋でショッピングをして夕方ホテルに戻った。
陰性検査をパスし安心してサンフランシスコ観光に、町の中心からフィッシャーマンズワーフまでケーブルカーで行ってみた
フィッシャーマンズワーフにはイタリアンレストランが多い。町の外れにはリトルイタリーもあるとか
マリタイムパークの目の前に不気味に浮かぶアルカトラズ島元監獄を眺めていると、誰かが泳いでいてびっくりしたが、この後大勢が泳いで横切って行った。トライアスロンレースのトレーニングのようだ
ケーブルカーで通る坂の町の風景は、サンフランシスコを題材にした様々な映画を思い出す
帰国日の朝、空港でチェックインをする際には承認されたアプリを見せるよう求められたが、細かなチェックはなかった。気流の関係で来た時よりも長い飛行時間で成田に着き、帰国用認証アプリMYSOSを確認するための列に並び、次に唾液検査の列に並び結果を待つのに約1時間かかった。到着ロビーに出られたのは飛行機の到着からちょうど2時間かかっていた。
赤塚さんはこれから北海道に帰るのだが国内線乗り継ぎには充分間に合ったようだ。これから6月になると空港での帰国時陰性検査がなくなるということで、また出入国の手順が簡単になると、いよいよ海外釣行に以前同様行くことができるようになりそうだ。そしてまたベイトが接岸する11月のピラミッドレイクでラホンタンカットスロートとの再会が待ち遠しい。
2022/6/6