パラシュートフライの空気抵抗実験。
「ハックルが空気抵抗に及ぼす影響」とは?
編集部=解説手製風洞実験装置(?)で解析! パラシュートフライの空気抵抗
この記事は2015年1月号に掲載されたものを再編集しています。
投げやすいパラシュートハックルの巻き方とは?
パラシュートフライのメリットを聞くと、多くの人が「投射性に優れる」と言う。ただし、それには「上手に巻かれている場合」という枕詞も付く。まず、多くの人で一致するのは、ハックルが暴れていないものがよい、という意見。さらに細かくいうと、若干アイ側に下がったような角度にしたほうがいい、ファイバーが傘のように若干下向きに出ていたほうがベター、などの意見も聞く。これらはベテランの経験則として導かれた結論なのだから、おそらく間違いはない。だが、たとえば記者のような不器用な人間にとって、妙な方向にハックルが数本飛び出しているくらいのことは、できれば大目に見たい。そもそもキャスティングのテクニック自体が名手とは違うのだから、どっちにしたってティペットは多少ヨレる。実際にハックルは、そこまでフライの空気抵抗に影響を及ぼすのだろうか?
そのあたりを知りたくて、今回はちょっとした実験を試みた。
……本当であれば、ここでどこかの研究機関にフライを持ち込み、風洞実験を行ないたかった。飛行機やレーシングカーの空気抵抗などを調べるアレである。フライに風を当て、空気の流れや乱れを可視化し、学術論文かと見紛うような記事を作りたかったのだ。が、調べてみると本格的な風洞実験施設を使うには、ン十万円は軽く飛ぶ。とてもじゃないが、編集部にそんな予算はない。そこでたどり着いたのが、自分たちで風洞実験の装置を作ろう、という無謀な企てであった。
フライほど軽く小さなものなのだから、それほど大がかりな装置はいらないはず。できるだけ強力な風を起こす扇風機と、空気の流れを整えて一定に保つような装置があればよいはずだ。調べてみると、小学生が夏休みの宿題で挑戦するような、簡単な風洞実験装置の作り方がネットで掲載されていた。これなら、さして経理に文句をいわれずとも、完成にこぎつけられそうである。
……しかし。いざ作り始めてみると、これが簡単ではなかった。別に「風洞実験の装置はこう作る!」という記事ではないので細かくは書かないが、この工作が編集作業全体を遅らせ、あわや今月の『FlyFisher』休刊か?という危機を招いたのは事実。印刷所には、本当に多大なご迷惑をおかけした。スイマセン……。
さて、どうにか装置も完成し、いよいよ実験を開始。ハックルの状態が、パラシュートフライの空気抵抗にどのような影響を及ぼすのか、そのあたりをちょっとでも解明できれば……。
恥ずかしい出来の実験装置だが……
まあ装置と呼ぶのもはばかられる、段ボールを適当につないだだけのガラクタ。これを風洞実験の装置と呼ぶと各方面からお叱りを受けそうだが、それでもパラシュートフライの空気抵抗について、ほんのちょっとは分かったことも。……ハックリングは、やっぱり大切なのである。
行なった実験はシンプルなもの。約8㎝の短いティペットにフライを結び、それに風を当てる。ハックルの状態を変えて、それによって安定するのか、あるいは暴れて回転したりするのかを見るわけだ。
もちろん、これは限定された条件ゆえ、実際のキャスティングとは違う。無風状態でキャスティングをすると仮定するなら、フライが前後に動いている間は、たしかにこのようにフライが一方向からの空気抵抗を受けるだろう。だが実際は、フライはターンをする。その際にはより複雑な空気抵抗を受け、ティペットがヨレるなどのトラブルにつながるはずだ。
逆にいえば、今回のようにちょっと風を当てたくらいでフライが暴れるなら、おそらくそのフライは実際の釣り場ではかなり使いにくいのではないか。
それをふまえて、今回の結果を見ていきたい。ま、子どもの自由研究程度の実験ではあるが、雰囲気だけでも論文風に仕上げたので、以下ゆるりお読みあられたし。
パラシュートフライのハックルが、その空気抵抗に及ぼす影響の考察
―簡易風洞実験による解析―
序 論
キャスティングの際にティペットがヨレる現象は、我々フライフィッシャーにとって悩ましき問題といえる。それゆえにフライはできるだけキャスティング時に回転したり、暴れたりしないものが望ましい。そこで今回は、簡易的な風洞実験によって、パラシュートフライがキャスティング時に受ける空気抵抗について明らかにしようと試みた。
なお、本実験は特にハックルが暴れた状態と、比較的整った状態、およびハックルのファイバーの長短によって、風を受けたフライが安定するのか否かを中心に解析を行なった。本来はより細かく条件を変えて解析すべきであったが、それについては今後の研究結果を待ちたい。……まあ、時間がなかったからなのだが。
方 法
実験は以下の手順で行なった。
まずは比較的強力な扇風機、工場扇風機(作業場などで目にするやつ。オレンジ色の羽根が付いているものなど)による風を、手製整流器(いい加減なものだけど……)で整え、簡単な風洞を作成した。
風洞の出口付近に、8㎝のティペットに結んだフライを固定した。これに風を当てることで、フライがどのような挙動を示すかを調べた。
フライが安定しているか、それとも大きく振れるなどで安定しないのかは、カメラの多重露光によって撮影し、その写真で判断を行なった。その際、カメラのシャッタースピードや撮影間隔は一定にした。
結 果
さて。堅苦しい書き方にも飽きてきたので、ここからは普通に進めたい。
まずは今号の巻頭にも登場している渋谷直人さんのフライを拝借し、それをサンプルとして撮影した。その写真が前ページの図1である。
見れば分かるように、多少のブレはあるものの、ほぼ安定して同じ場所に留まっていた。風力が充分でなかったせいもあって、若干垂れ下がり気味なのはご愛嬌。おそらく実際のキャスティングではかなりのスピードでフライが動くので、無風状態であってもさらに強い空気抵抗を受けるだろう。
いずれにせよ、このくらいのブレを念頭に置いて、図2を見ていただきたい。
図2:かなりハックルを暴れさせたフライ。この程度の風力(といっても工場用の扇風機だが)では、さほどブレていないように見えるが、キャスティングでは悲惨なことになりそうだ
これは編集部でハックルを厚めに巻き、さらにファイバーを暴れさせたフライを同一条件で撮影したもの。明らかに渋谷さんのフライとは違い、大きくブレている。いや、比べるのも失礼なくらいキタナイものなのだが……。
繰り返しになるが、実際のキャスティングでは、より複雑かつ強い風がフライに当たるはず。おそらく図2のフライでは、実用には耐えられないのではないかと思われる。
次に図3。これはハックルのファイバーをアイ側に寄せたもの。写真はフライに風を当て、それをほぼ真横から撮影しているが、手前(カメラ側)に傾いているのが分かる。フライのファイバーを無理に前に寄せた際、左右でも偏りが起きて、このような写真になったと思われる。これでさらに風を強くすると、フライは回転してしまうのではないかと思われた。
図3:ハックルをアイ側に寄せたもの。左右にも偏りがあったようで、ポストが常にカメラ側に傾いている。さらに強い風だと、そのまま回転しそうだ
さらに、ハックルのファイバーを極端に長くしたのが図4。クモやガガンボを模したパターンでは、よく使われるはずだ。これは写真を見れば分かるように、やはりかなり暴れてしまう。さらに図5、および図6では、ハックルファイバーの一部をフックに掛けてみた。こうすると、さらに動きが複雑になってしまった。
図4:ハックルのファイバーを極端に長くしたフライ。当然ながら安定しない
図5:ハックルのファイバーの一部を、フックに引っ掛けて実験。釣り場ではよくあるケース。ピントが合わないのは、左右(写真手前と奥)のブレが大きいということ
図6:図5と同様の状態。今回の実験では、これが一番安定しなかった
ハックルが長いパターンは、実際の釣りにおいてもキャスティングしにくい。さらにハックルがフックに掛かると、当然バランスも大きく崩れてフライが安定しない。
そして最後に、図7。編集部員のマツムラが魂を込めて巻いた、できるだけハックルをきれいに巻いたフライがこちら。ブレてしまえ……と思いながら撮影してみると、腹立たしいことに安定していた。
「お、全然ブレてないんじゃないですか?」
自慢げにニヤつくマツムラ。まあ、こうならないと実験は失敗だからよかったのだが。しかし、ここまで顕著に違うとは驚きであった。
図7:マツムラ作の優等生……とまではいかないフライ。しかしかなり安定していたのは事実。ハックルはそれでも多少暴れているように見えるが、この程度の風速では問題ないということか
考 察
実は今回は、ハックルをアイ側に傾けて巻いたり、ファイバーを傘状に下向きにする、あるいは逆にお椀状にするなどで実験を行ないたかった。しかし悲しいかな、装置の稚拙さゆえか、そこまで精度の高い解析は不可能であった。
しかし、ハックルの状態によって、風を受けたフライの安定性が大きく変わることは間違いない。今回は①ファイバーが暴れている、②偏っている、③長すぎる、などの場合で、フライが安定しにくいことが分かった。
ただし③のファイバーが長いフライについては、それがよく釣れてしまうというケースも多々ある。そういう時は、多少のトラブル覚悟で投げるか、あるいはキャスティングの技術でカバーする、ハックリングに気を遣う、などで乗り切るしかないのだろう。
まとめ
この実験写真で、ちょっとフライがブレているくらいは、どうってことないように思えるかもしれない。しかし実際の釣り場で、特にロングリーダー・ティペットシステムなんぞ使って釣りをしようものなら、おそらくトラブルの数は大きく変わってくるはずだ。
ドライフライは、その浮き方はもちろん大切。しかしそもそも、ねらった場所に正確にキャストでき、さらに回転するなどのトラブルが起きないことも、同様に大切なのだ。
嶋崎了さんのフライ。さすがにこのポストでは安定しないだろうと思ったが、不思議とあまりブレなかった。やはりハックリングの精度が大切なのだ。さすがというほかない

行なった実験はシンプルなもの。約8㎝の短いティペットにフライを結び、それに風を当てる。ハックルの状態を変えて、それによって安定するのか、あるいは暴れて回転したりするのかを見るわけだ。
もちろん、これは限定された条件ゆえ、実際のキャスティングとは違う。無風状態でキャスティングをすると仮定するなら、フライが前後に動いている間は、たしかにこのようにフライが一方向からの空気抵抗を受けるだろう。だが実際は、フライはターンをする。その際にはより複雑な空気抵抗を受け、ティペットがヨレるなどのトラブルにつながるはずだ。
逆にいえば、今回のようにちょっと風を当てたくらいでフライが暴れるなら、おそらくそのフライは実際の釣り場ではかなり使いにくいのではないか。
それをふまえて、今回の結果を見ていきたい。ま、子どもの自由研究程度の実験ではあるが、雰囲気だけでも論文風に仕上げたので、以下ゆるりお読みあられたし。
パラシュートフライのハックルが、その空気抵抗に及ぼす影響の考察
―簡易風洞実験による解析―序 論
キャスティングの際にティペットがヨレる現象は、我々フライフィッシャーにとって悩ましき問題といえる。それゆえにフライはできるだけキャスティング時に回転したり、暴れたりしないものが望ましい。そこで今回は、簡易的な風洞実験によって、パラシュートフライがキャスティング時に受ける空気抵抗について明らかにしようと試みた。なお、本実験は特にハックルが暴れた状態と、比較的整った状態、およびハックルのファイバーの長短によって、風を受けたフライが安定するのか否かを中心に解析を行なった。本来はより細かく条件を変えて解析すべきであったが、それについては今後の研究結果を待ちたい。……まあ、時間がなかったからなのだが。
方 法
実験は以下の手順で行なった。まずは比較的強力な扇風機、工場扇風機(作業場などで目にするやつ。オレンジ色の羽根が付いているものなど)による風を、手製整流器(いい加減なものだけど……)で整え、簡単な風洞を作成した。
風洞の出口付近に、8㎝のティペットに結んだフライを固定した。これに風を当てることで、フライがどのような挙動を示すかを調べた。
フライが安定しているか、それとも大きく振れるなどで安定しないのかは、カメラの多重露光によって撮影し、その写真で判断を行なった。その際、カメラのシャッタースピードや撮影間隔は一定にした。
結 果
さて。堅苦しい書き方にも飽きてきたので、ここからは普通に進めたい。まずは今号の巻頭にも登場している渋谷直人さんのフライを拝借し、それをサンプルとして撮影した。その写真が前ページの図1である。
見れば分かるように、多少のブレはあるものの、ほぼ安定して同じ場所に留まっていた。風力が充分でなかったせいもあって、若干垂れ下がり気味なのはご愛嬌。おそらく実際のキャスティングではかなりのスピードでフライが動くので、無風状態であってもさらに強い空気抵抗を受けるだろう。
いずれにせよ、このくらいのブレを念頭に置いて、図2を見ていただきたい。

これは編集部でハックルを厚めに巻き、さらにファイバーを暴れさせたフライを同一条件で撮影したもの。明らかに渋谷さんのフライとは違い、大きくブレている。いや、比べるのも失礼なくらいキタナイものなのだが……。
繰り返しになるが、実際のキャスティングでは、より複雑かつ強い風がフライに当たるはず。おそらく図2のフライでは、実用には耐えられないのではないかと思われる。
次に図3。これはハックルのファイバーをアイ側に寄せたもの。写真はフライに風を当て、それをほぼ真横から撮影しているが、手前(カメラ側)に傾いているのが分かる。フライのファイバーを無理に前に寄せた際、左右でも偏りが起きて、このような写真になったと思われる。これでさらに風を強くすると、フライは回転してしまうのではないかと思われた。

さらに、ハックルのファイバーを極端に長くしたのが図4。クモやガガンボを模したパターンでは、よく使われるはずだ。これは写真を見れば分かるように、やはりかなり暴れてしまう。さらに図5、および図6では、ハックルファイバーの一部をフックに掛けてみた。こうすると、さらに動きが複雑になってしまった。



ハックルが長いパターンは、実際の釣りにおいてもキャスティングしにくい。さらにハックルがフックに掛かると、当然バランスも大きく崩れてフライが安定しない。
そして最後に、図7。編集部員のマツムラが魂を込めて巻いた、できるだけハックルをきれいに巻いたフライがこちら。ブレてしまえ……と思いながら撮影してみると、腹立たしいことに安定していた。
「お、全然ブレてないんじゃないですか?」
自慢げにニヤつくマツムラ。まあ、こうならないと実験は失敗だからよかったのだが。しかし、ここまで顕著に違うとは驚きであった。

考 察
実は今回は、ハックルをアイ側に傾けて巻いたり、ファイバーを傘状に下向きにする、あるいは逆にお椀状にするなどで実験を行ないたかった。しかし悲しいかな、装置の稚拙さゆえか、そこまで精度の高い解析は不可能であった。しかし、ハックルの状態によって、風を受けたフライの安定性が大きく変わることは間違いない。今回は①ファイバーが暴れている、②偏っている、③長すぎる、などの場合で、フライが安定しにくいことが分かった。
ただし③のファイバーが長いフライについては、それがよく釣れてしまうというケースも多々ある。そういう時は、多少のトラブル覚悟で投げるか、あるいはキャスティングの技術でカバーする、ハックリングに気を遣う、などで乗り切るしかないのだろう。
まとめ
この実験写真で、ちょっとフライがブレているくらいは、どうってことないように思えるかもしれない。しかし実際の釣り場で、特にロングリーダー・ティペットシステムなんぞ使って釣りをしようものなら、おそらくトラブルの数は大きく変わってくるはずだ。ドライフライは、その浮き方はもちろん大切。しかしそもそも、ねらった場所に正確にキャストでき、さらに回転するなどのトラブルが起きないことも、同様に大切なのだ。

2019/2/5