ハッチ量とライズ頻度を観察すると……
あいつが釣れなかった理由03
森村 義博=文、FlyFisher編集部=写真
《Profile》
森村 義博(もりむら・よしひろ)1956年生まれ。静岡県三島市在住。自宅からも近い狩野川水系のフィールドに詳しくシーズン中は毎日のように川を観察している。マッチング・ザ・ハッチの釣りを得意としており、毎年東北の川へも足を運ぶ
この記事は2014年12月号に掲載されたものを再編集しています。森村 義博(もりむら・よしひろ)1956年生まれ。静岡県三島市在住。自宅からも近い狩野川水系のフィールドに詳しくシーズン中は毎日のように川を観察している。マッチング・ザ・ハッチの釣りを得意としており、毎年東北の川へも足を運ぶ
水生昆虫の複合ハッチや陸生昆虫の流下も重なる季節。目の前のライズについつい熱くなってしまいがちだが、魚たちは意外なものを意識していたりする。ガイド役の立場だからこそ見えた、魚が選んだ捕食物。
外野だからこそ見えた状況
解禁日から禁漁を迎えるまで、シーズン中は、どこに行っても水生昆虫のハッチや流下のことが頭から離れない。川に着くまで、あるいは釣りの途中でも、それらを常に意識しながら1日をすごす。これは長い間マッチング・ザ・ハッチに傾倒してきたなかで、自然と身についてしまったクセのようなものだ。そうした意識で川に目を向けていると、いろいろなものが見えてくる。川のようすは刻々と変化するが、その時々の状況が見えていれば、ポイントの攻略法やライズをねらう戦略も絞り込まれたものとなり、マスを手にする確率はより高まるだろう。しかし、それがいつも成功するとは限らない。時には予想外の結果に落胆することもあり、一喜一憂することになる。
シーズン中は周3、4日と足しげく通う狩野川などのフィールドに友人知人を案内することも多く、ここでは、そんな時に起こったエピソードを紹介したい。同時に数種類のハッチがある状況下、最も流下量の多い虫に目を奪われがちだが、マスの意識が流下の少ないマイナー種に向けられていることがある。大量流下のなか、ダンやイマージャーなど、その捕食ステージの見極めを迫られる状況こそ、フライフィッシングの面白さを再認識する瞬間でもある。
実際に私自身が失敗したわけではないが、「釣りをしていない立場での冷静な状況判断」というのはとても教訓になった。もし自分ひとりであったら、繰り返すライズについ熱くなり、間違った”読”みに陥っていたかもしれないのだから・・・・・・。
3月下旬の狩野川
3月29日。この日は午前10時ごろから知人と一緒に、狩野川本流の浅い瀬が続く区間をドライフライで探ってみた。この日の天候は曇りで肌寒かったが、この時期の日中の水温は、渓魚にとって適水温である13~15℃になることが多い。この水温であれば、たとハッチが見られなくても、ドライフライを使ったブラインドフィッシングで反応が得られるはず、という読みだった。しかし、水面のフライにはまったく反応してこない。そこで本流に見切りをつけ、より水生昆虫が多く、水温の上昇も早い支流の大見川中流域に移動。大きなプールが連続する区間を下流から歩きながらライズを捜すことにした。時間は正午近くになっていた。
4つ目のプールエンドが見える位置に来たとき、フラットな水面に波紋が見えた。
「やってる!」
静かに近づいてみると、そこでは4尾のアマゴがライズを繰り返していた。特にその中の1尾が作り出すライズリングは、その波紋の大きさと力強さから、かなりの良型を予感させた。すぐに知人を呼び寄せる。
ライズの頻度は、それぞれのアマゴが数秒から十数秒という短い間隔。プールエンドに着いた時には、すでにライズ頻度が高かったから、そこへ到着する以前からライズが起きていたのは間違いない。さっそくねらってもらうのだが、ドライフライにはなかなか反応してこない。プールエンドは岩盤のカケアガリになっており、水底から押し上げてくる圧のある流れが、一見フラットに見える水面に複雑な流れを生じさせ、ドラッグが掛かりやすくなっていたのだ。幾度かフライを替えるも、アマゴたちは飛び付いてこない。
水面にはフックサイズにして20~22番の、ややオリーブがかったクリームカラーのコカゲロウ・ダンが乗っており、時おり目の前をハラハラと飛んでいく。しかし、水面のダンと空中を飛ぶダンの数は、ライズの数と比べて明らかに少ない。
知人がライズをねらっているあいだ、改めて彼の背後からその状況を注意深く観察してみた。水面に乗ったダンが捕食されることは少ない。水面の「何か」をスッと吸い込むライズがあるのだが、何が捕食されているのか、どう目を凝らしてみても確認することができなかった。
30mほどもあるプールの水底は、流れ込み周辺を除けば、そのほとんどが砂泥。そう考えると、コカゲロウのハッチの大半はこのプールからではなく、上流に続く長大な瀬から流下してきたものと思われた。瀬ではその時間帯コカゲロウの活発なハッチがあったはず。そのような状況では数多くのDD(溺れたダン)が発生することはよく知られた事実である。そのDDが上流の瀬から次々にプールに流れ込んだのではないだろうか。
◎ライズの頻度が高いわりに、水面に乗ったダンが少ない
◎水面に乗ったダンが捕食されることはほとんどない
◎ライズの瞬間水面には何も見えない
◎岸寄りの溜まりにDDが浮いていた
という状況から、アマゴの捕食対象はDDではないかと判断した。そう考えてスピナーパターンのような、「ウイングをスペント状に巻いたフライに替えてみてはどうか」とアドバイスしてみた。
フライを付け替えて数投目、大きく水面が割れ、プールで一番の良型が掛かった。
ついついライズに熱くなってしまうと、意外に水面の仔細な状況にまで気が回らないことがある。しかし、失敗しそうな時こそ周囲を見てみるべきなのだということを、再確認させられた。

7月下旬の千曲川水系
釣り人の後ろで見ていて”はっとした”エピソードをもうひとつ。渓相と水質が気に入り、長く通い続けている川がある。標高1000mを超えるその川は、夏でも涼しく快適に釣りができるイワナの渓だ。そんな流れに、普段からイワナ釣りに馴染みがないという友人を案内することになった。釣行日は7月19日。季節的なこともあり、通常のブラックに加え、シナモンカラーのフライングアント、小型ビートルなど、テレストリアル系フライがあれば充分釣りになることを伝えていた。
支度を済ませて流れに降り立ったのは午前9時少し前。標高の高い夏の渓でのイワナ釣りというと、周囲の木々の朝露が太陽によってすっかり乾き、陸生昆虫の動きが活発になる時間帯からがよいというのが定説。流れに降り立つには、少し時間が早かったか? と思っていた矢先、プール流れ込みで小さなライズがあった。
その波紋は小さかったが、ピシッ! という鋭い水飛沫に、決して小さなサイズではないと確信。さっそく友人がフライを投げる。しかし、反応がない。しばらくするとまたライズが起きた。今度はフッキングしたものの、先ほど水面を破ったイワナではなく、7寸サイズの小型だった。
足もとの水面には小さなビートル類がいくつか流されていく。そんななか、時おりジンジャーカラーのカディスが水面から飛び立っていく。羽ばたく姿は14番くらいに見えるが、実際のサイズはもう少し小さく、16、18番くらいだろう。ハッチは7、8分に1匹が出るかどうかといったようなインターバルだった。それより水面を流下していく陸生昆虫のほうが多かったこともあり、僕自身カディスへの意識は薄く、ライズの対象はテレストリアルに違いないと見ていたのだ。
しかし、友人が散発的なライズをねらっているあいだ、ふと疑問に思ったことがあった。プールには幾本かの流れがあり、その筋に沿ってテレストリアルの流下があるのだが、その流下数のわりにはライズはたまにしか起こらない。プールの水深はおそらく2.5mかそれ以上。イワナは水底から水面まで急浮上しては鋭い飛沫を上げ、捕食後は一気に底に戻っていく。もし捕食対象が水面に囚われたテレストリアルであるとすれば、そんなに慌ててライズしなくてもよいのではないか? 時々起こるライズと、カディスのハッチのインターバルがほぼ合致するのだ。
プールを高い位置から、ほとんど波立ちのないフラットな水面を見下ろせるという状況にあっても、ライズの瞬間に捕食対象が見えない。以上のことから、イワナは水面でハッチするカディスピューパを追っているのではないかと思った。水底から泳ぎ昇り、水面下でせわしく動くピューパは、イワナにとって魅惑の捕食対象となっているはずだった。
9時半ごろになってカディスのハッチの間隔が少し短くなってきた、それと同時に対岸で大型のイワナがライズをはじめた。ライズは鋭く飛沫が上がるスプラッシュ。その間隔はカディスのハッチに比例して短くなっている。
それでも、友人のフライには反応を示さない。そこで、16番か18番のカディスを投じてみることを提案。具体的には「アダルトでもピューパでも、またはソフトハックルでもいいと思います」と伝えた。もし、反応がないようなら、フライに小さなアクションを与えてみてはどうかともアドバイスしてみた。
フライを替えた1投目。水面に大きな飛沫が上がり、彼のサオは大きく引き込まれた。尺イワナのアゴを捉えたのは、グリーンのシールズファー・ボディー、ハーズイヤーのアブドメン、パートリッジのハックルをパラリと巻いた19番のカディスピューパだった。
2019/11/25