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渓流漁場管理の最新事情

放流から再生産へ

文と写真=浦壮一郎

※この記事はFLY FISHER No.308を再編集したものです

 

 

2021年春、水産庁は『放流だけに頼らない! 天然・野生の渓流魚(イワナやヤマメ・アマゴ)を増やす漁場管理』と題するパンフレットを作成。これまで放流事業を推進してきた漁場管理を見直し、自然産卵による再生産を促すものとして注目を集めた。

そして今年、第2弾として『釣り人、住民、漁協でつくる! いつも魚にあえる川づくり~渓流魚の漁場管理~』と題したパンフレットが発行され、その内容に関心が集まっている。内水面漁協による漁場管理のみならず、山間地域の地域振興も視野に入れた内容としてブラッシュアップされているからだ。

地域振興のモデルとして取り上げられているのは栃木県日光市に近年設定されたテンカラ釣り専用のC&R区。残念ながらフライフィッシングは貢献できていないが、ただ今後の可能性として見るならば、C&Rが前提である私たちフライフィッシャーにも、地域振興に資する要素は多いはず。その展望はさておき、まずは新パンフレットの内容、意義に注目してみたい。携わった研究者らに発行の意義や現状について話をうかがった。

 

 

増殖優先から環境優先へ

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2021年に配布されたパンフレット『放流だけに頼らない! 天然・野生の渓流魚(イワナやヤマメ・アマゴ)を増やす漁場管理』は、主に内水面漁協による効率的な漁場管理について考察し、渓流魚を増やすことによる漁協経営の維持・存続を提案するものだった。これまで渓流魚の資源維持のために内水面漁協が行なってきたのは稚魚および成魚の放流が中心であり、それらの放流事業は必ずしも歩留まりが高いとはいえないことから、天然魚や野生魚を漁場管理に活用することを推奨した形である。

そして第2弾となるパンフレット『釣り人、住民、漁協でつくる! いつも魚にあえる川づくり~渓流魚の漁場管理~』では、第1弾パンフレットの内容に付加する形で山間地域の地域振興も視野に入れているのが特徴だ。

著者は国立研究開発法人・水産研究・教育機構の宮本幸太さんのほか、山下耕憲さん(群馬県水産試験場)、山本聡さん及び下山諒さん(長野県水産試験場)、岸大弼さん(岐阜県水産研究所)、幡野真隆さん及び菅原和宏さん(滋賀県水産試験場)ほか。制作には各漁協も協力しており、パンフレット内にその取り組みが紹介されている。さらに地域振興の面で『地域おこし協力隊』の重要性にも触れている。

このたび、パンフレットをまとめた宮本幸太さんの計らいで関係者らにお話を伺うことができた。当日は日光市役所会議室に宮本さんほか、日光市地域振興課の中野祥寛さん、栃木県日光市三依地区の地域おこし協力隊の田邊宣久さん、日光市小来川地区の黒川漁協組合員でもある大出貢さん、そのご子息で『小来川の日光テンカラをつなぐ会』から大出貢平さんが、そしてリモートでは山本聡さん、幡野真隆さん、岸大弼さん、山下耕憲さんが参加してくれた。

第1弾パンフレット『放流だけに頼らない! 天然・野生の渓流魚(イワナやヤマメ・アマゴ)を増やす漁場管理』は全国の内水面漁協および釣り人のあいだで注目を集めた。それまで各漁協は放流魚を主軸として渓流釣りを維持してきたが、同パンフレットでは野生魚の活用を推奨。関係者にとってショッキングな内容だったからだ。

もちろん釣り人からの注目度も高かった。ネットによる検索で「魚 ふやす 管理」と打ち込んだ場合、このパンフレットが上位に表示されるという。渓流魚に関するものがほかの魚種を抑えて注目されることは意外でもあるが、それだけ関心が高い証だといえそうである。宮本さんは言う。

「渓流魚は生産額はとても小さく、水産物として考えるとより重要な魚種はたくさんあるわけですが、一方で(第1弾の)パンフレットが好評だったことからも、渓流魚を増やしたいと思っている人たち、釣り人がいかに多いか、ということだと思います」

つまり生産額、漁獲高のみで重要性がはかれるわけではなく、渓流魚の存在は金額などの数値のみでその価値を語るべきではない、ということだろう。

 

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水産庁が新たに発行したパンフレット『釣り人、住民、漁協でつくる! いつも魚にあえる川づくり~渓流魚の漁場管理~』。表紙の写真は小来川の日光テンカラをつなぐ会の大出貢平さんが担当。
本パンフレットはhttps://www.jfa.maff.go.jp/j/enoki/attach/pdf/naisuimeninfo-26.pdfにて公開されている

 

 

第1弾パンフレットが発行されて以降、第五種共同漁業権における増殖手法にも変化が見られるようになっている。

2022年4月、水産庁長官から都道府県知事に対し『海区漁場計画の作成等について』と題する文書が出されているが、そこには新たに以下の内容が加えられたという。

『増殖に当たっては、漁場の環境収容力や利用状況に応じて、適切な採捕規制や漁場環境の保全・改善を実施し、これにあわせて(中略)積極的人為手段による増殖行為を行うようされたい』

この文言が意味するところは、必ずしも人為的放流のみが必須条件ではないということである。その意義について宮本さんは次のように話す。

「今までは基本的に増殖(放流)が優先されていました。それが少しずつ変わってきている。今回の文書を読む限りでは、まず採捕規制や漁場環境の保全・改善を行ない、それにあわせて増殖を考える流れになった。こういった変化は内水面の漁場管理においてとても大きな一歩で、(増殖手法を)変えたいと思っている漁協や担当行政の方々にとってはチャンスなんだと思います」

パンフレットの発行によってより効率的な漁場管理へと転換されるのであれば、我々釣り人としても歓迎すべき大きな変化だといえる。

 

 

しみ出し効果が期待できるC&R区と禁漁区

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そしてようやく本題となる。パンフレットの第2弾『釣り人、住民、漁協でつくる! いつも魚にあえる川づくり~渓流魚の漁場管理~』では、持続可能な渓流釣りを目指すうえで重要な内容が記されている。

新パンフレットではまず、C&R区や禁漁区の設定によりヤマメ、イワナの生息密度を確保し、常に魚が見える川を目指したうえで山間地域の地域振興についても言及していることが特徴だ。少子高齢化によって地域の人口が減少している昨今、人手がなければ漁場管理はもとより内水面漁協そのものを維持していくことすら難しくなるからだ。現実に漁協の存続が危ぶまれている河川は数多くあり、吃緊の課題といえる。

その第一歩として常に魚が見える川をどのような形で実現するのか、その手法についての考察である。

現在の渓流釣りは内水面漁協による人為的放流によって維持されている側面があり、特に都市部からアクセスのしやすい地域ではその傾向が強く、関東地方の渓流は典型ともいえる。

そのため放流なくして渓流釣りの持続が不可能な河川もあれば、支流群が充実している河川では自然産卵による野生魚を活用することが可能な場合もある。それら地域の河川がどのような環境にあるのかを見極めながらどの放流方法を選択するのか、あるいは放流しない選択が可能なのかを判断するなど、それぞれの河川に合致した手法で生息密度を維持してゆく必要があるわけだ。

そのうち、ひとつの手法としてパンフレットが推奨しているのは禁漁区とC&R区の活用である。最大のメリットは禁漁区もしくはC&R区が上流にあることで、下流へのしみ出し効果が期待できることにある。宮本さんは次のように話す。

「今までの漁場管理は放流することを考える一方、魚を守ることを考えてきませんでした。なぜかと言えば、魚が移動すること、上流(支流)から供給されることが未解明だったことも原因だと思います。たとえば支流を禁漁区として保全しても、それで本当に魚が増えるのか分からなければ漁協さんも懐疑的にならざるを得ない。ところが現在は(しみ出し効果など)研究が進み、さまざまな成果が得られてきました。つまり守るべき場所がはっきりしてきたと言えます」

支流から本流、上流から下流におけるしみ出し効果については、姉妹誌『月刊つり人』2022年12月号でも長野県雑魚川の事例を紹介している。解説してくれた長野県水産試験場の山本聡さんは今回もリモートで参加。次のように説明する。

「雑魚川の支流(禁漁区・5河川)では、サイズに関係なく下流へとイワナが移動している(しみ出している)ことが分かりました。なおかつそれは増水時にたくさん下るのではなく、いつ下るのか、どんなサイズが下るのかは川によって異なります。いずれにしても、支流からのしみ出しは一般的に起こっている現象であるといえます」

滋賀県でもしみ出し効果は確認されている。滋賀県では特殊な模様を持つナガレモンイワナが生息している河川において、支流から本流ではなく、上流から下流への移動を調査している。滋賀県水産試験場の幡野真隆さんは言う。

「ひとつの河川では2021年には13%、2022年には30%が上から降りてきたもので構成されていました。もうひとつの調査河川では約50%が上流から降りてきている個体でした。川によって違いはあるものの、下流の資源は上流から降りてくる資源で構成されていること、イワナ資源を保全する上で上流域を守ることが重要であることが分かりました」

さらに岐阜県でも同様の結果が出ている。調査は蒲田川と一ツ梨谷で行なわれた。岐阜県水産研究所の岸大弼さんは次のように解説する。

「岐阜県では川幅が8~15mの比較的大きめな川で調査を行なっています。この調査ではまず支流で0歳の稚魚に標識をして、次の年に本流で標識個体を探すということを行ないました。しみ出し率を調べてみたところ、支流で産まれた稚魚のうち少なくとも12%が本流へ移動していることが実証されました。またそれらの体長を計測したところ、蒲田川では約18cm、一ツ梨谷では約17cmと、本流にしみ出した個体のほうが大きく成長していました」

調査が実施された2つの河川のうち、特に蒲田川はフライフィッシャーにも馴染みの深い渓流。しみ出し効果を調査している河川としては他県より川幅が広いといえるが、こうした河川では下流(本流)で標識魚を捕獲するのが難しい。電気ショッカーの効果が限定的だからだ。本流に移動している個体は約12%という結果ながら、取りこぼしが多いとなれば、それ以上の個体が移動している可能性もある。

各県の調査結果が示すように、上流あるいは支流から下流域にイワナ、ヤマメが移動していること、供給されていることが明らかとなった。つまり上流および支流を保全することが重要だということになる。

 

 

増殖効果をもたらすC&R区設定

いずれの調査河川も比較的入渓しやすい河川を対象としている。たとえば東北地方の有名源流のように丸一日歩いてようやく辿り着けるフィールドとは異なり、車止めから少し歩くだけで入渓できる渓が対象となっている。ゆえに持ち帰りも容易にできてしまう河川だといえる。

そうした区間においてしみ出し効果を期待しようと考えるなら、やはり上流と支流では個体数を減らさない保全対策が求められる。つまり禁漁区あるいはC&R区の設定が必須だというわけだ。

では禁漁区やC&R区に設定すると、どのくらい生息密度は増えるのだろうか。パンフレットでは群馬県内の事例をもとに紹介されている。実際に調査結果をまとめた群馬県水産試験場の山下耕憲さんは言う。

「群馬県のC&R区では、同じ河川内の一般漁場(入漁区・持ち帰りが可能な釣り場)と比較して約1.5倍の生息密度となりました。実際には約2倍の差がありましたが、川の環境が異なるため数学的に同条件になるよう変換しています。その結果が約1.5倍ということです」

同じく禁漁区においても同様の結果が得られている。岐阜県水産試験場の岸大弼さんは言う。

「釣りができる入漁区と禁漁区における魚の生息密度を調べました。調査は岐阜県内の5つの水系のうち226箇所の川でデータを取っています。禁漁区は看板がない所とある所の両方があったため、それぞれ分けて解析を行ないました。結果、入漁区の生息密度を1とした場合、禁漁区の密度は看板無しが1.45、看板有りが2.06となりました。当然、禁漁区のほうが生息密度は高いわけですが、特に注目していただきたいのは看板なしとありとの間で1.4倍の差があることです。看板がないと知らずに釣っていく人がいるらしく、看板の重要性が裏付けられた形といえます」

持ち帰りが可能な入漁区に対し禁漁区の生息密度が高いことは予想どおりだが、同じ禁漁区でも看板の有無で1.4倍の差があることにも注目したいところ。パンフレットでも看板設置の重要性に触れており、その効果は絶大だということだろう。

 

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入漁区の生息密度を1とした場合、禁漁区の密度は看板なしが1.45、看板ありが2.06になったという。注目は看板の有無で1. 4倍の差があること。看板の重要性が裏付けられた形といえる

 

 

ただ、仮に看板がなかったとしても釣り人はあらかじめ確認したうえで入渓するのが鉄則。「看板がないから分からなかった」ではすまされないことを肝に銘じておくべきである。

このほか、栃木県の男鹿川支流に設定されたC&R区では、秋の産卵数が入漁区(持ち帰りが可能な釣り場)の10倍以上と推定された。であるならC&R区の設置は野生魚を増やすうえで想像以上の効果が期待できることになる。それが下流にしみ出すとなれば、一般の入漁区においても恩恵は大きいはずである。

 

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釣獲日誌の記録、その積み重ねが大切

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パンフレットのタイトルにある『いつも魚にあえる川づくり』を実現するには、むろん禁漁区やC&R区の設定だけでは不可能な場合もある。過疎化・高齢化した地域では漁協としても監視員を確保することすら難しく、せっかく設置した禁漁区、C&R区を維持してゆくことが困難だからだ。

そこで推奨するのが釣り人や地域住民との関係性である。つまり釣り人にもできることがある、ということ。そのひとつが釣獲日誌だと前出・山本聡さんは強調する。

「常々釣り人に伝えていることは『釣り日誌を付けましょう』ということです。釣り人一人ひとりの情報が漁場管理に役立つことになるからです。また、その川に稚魚はいるのか、自然産卵しているのか、それを確認することも大切です。釣り人にはさまざまな人がいて、放流しないと川にヤマメ、イワナはいないと真剣に思っている人たちがいます。人は守るべきものがなければ守らないわけですが、そういう人たちに対し、そんなことはないんだよ、守るべきものがあるんだよ、と伝えたいですね」

テンカラ釣り専用C&R区が設定された栃木県の小来川(黒川)では、黒川漁協小来川支部と地元釣り団体が協力。標識魚(ヒレの一部を切除した魚)をC&R区に放流するとともに、釣った魚の標識を確認して釣獲日誌を記録している。結果、C&R区下流の一般漁場で釣れた魚の約3割が標識魚であることが分かり、C&R区から一般漁場へ魚が供給されていることが明らかとなった。

さらにC&R区では約4割が野生魚であるという結果も出ており、野生魚を活かした漁場管理、その可能性も見えてくるといえよう。

「釣獲日誌による情報は、一般漁場でそれをやると(単なる釣果情報として)みんなが集まって持ち帰るだけになる恐れがあります。よって、そうした情報を提供したくないという釣り人もいるはずです。でもC&R区ならそれができる。資源が枯渇することもないですし、釣り人も快く協力してくれるわけです」(宮本幸太さん)

これまで述べてきたように、上流域(あるいは支流)に禁漁区またはC&R区を設定することで下流部への資源供給が可能になることが分かった。また禁漁区とC&R区に同様の増殖効果が期待できるのなら、漁協にとってC&R区のほうがメリットは大きいといえる(遊漁券収入が期待できるため)。上流のC&R区だけでなく下流にも魚が供給されるとなれば、持ち帰りの釣り人にも理解は得られやすくなるはずだ。

 

 

山間地域の振興策としての渓流釣り

高い増殖効果が期待できるC&R区だが、その導入を前向きに検討する漁協はいまだ少数である。原因は山間地域の過疎化、少子高齢化によって漁協そのものが活力を失っているからだと考えられる。宮本さんは現状について次のように分析する。

「現在の漁協が抱える問題というのは地域の過疎化と少子高齢化によるものです。地域に人がいなくなっているのに漁協だけ人が増えるなんてことはあり得ないわけで、組合員の減少により釣り場の管理が手薄になり、工事の際の交渉もできず魚の減少を引き起こしている。結果、釣り人が減って釣り券の売り上げも減少し、組合員のモチベーションも低下してしまう。いわば負のスパイラルに陥っているわけです」

近年、成魚放流主体の河川では放流後数日で魚影が激減する(釣り切られてしまう)などの問題を抱えている。年に何度も放流せざるを得ない状況は漁協にとって頭の痛い問題である。

また支流源流部で川沿いに車道が走る山岳渓流などでは、ひと目につきにくいことをいいことに遊漁券を購入しない心ない釣り人も少なくない。宮本さんが言うように人手不足によって監視できない河川では当然、売り上げの減少によって漁協は存続が危ぶまれることになるわけだ。

テンカラ専用区としてのC&R区を設定した栃木県日光市の三依地区、そして小来川地区も、ご多分に漏れず過疎化は深刻である。そればかりか日光市の山間部は大半が過疎地域に位置づけられているという。日光市地域振興課の中野祥寛さんは説明する。

「日光市は旧五市町村が合併して現在の形になりました。先ほどからお話にある三依地区は旧藤原町のひとつのエリアに相当します。平成22年当時のデータでは(三依地区を含む)藤原エリアは過疎地域に入っていませんでした。ところが現在は足尾エリア、栗山エリアに加えて日光エリア、藤原エリアも過疎地域に位置づけられています。本庁がある今市エリア以外は法律的には過疎地域になる。それくらい少子高齢化、人口減少が深刻な状況となっています」

そんな過疎地域のひとつである三依地区に、地域おこし協力隊として3年前に赴任したのが埼玉県出身の田邊宣久さんだ。テンカラ釣り愛好者でもあることから、地元のおじか・きぬ漁協の組合員になるかたわらC&R区の設定を提案、実現させている。加えて監視活動や看板の設置、釣獲日誌の記録と発信、テンカラ釣り講習会や釣り人との交流会を開催するなど、田邊さんの活動によって同漁協も活性化しつつある。もうひとつのテンカラ専用区である小来川地区にもおじか・きぬ漁協・三依支部のメンバーらと足を運び、標識魚の放流などを手伝っているという。

「私の場合はあちこちの漁協さんの川へ行って釣りをしていますが、地元の漁協の人っていうのは、よほど釣りが好きでない限りは地元の川で釣りがしたいんですよ(ほかの河川に出掛けることが少ない)。でもほかの川へ行くと、ここはうちがいいよね、とか、ここはダメだねというのが分かってくる。特に小来川での作業(標識魚を捕獲&放流)を手伝ったことで、うちの漁協でも今後イベントですとか、いろいろやっていこうという雰囲気になっているんです」(田邊宣久さん)

全国の漁協が遊漁券売上を減収するなか、こうした活動の甲斐あって同漁協ではC&R区設定後も前年度の売上を維持。周辺では民宿や飲食店の売上が増加したという。

 

 

渓流釣りで活気を取り戻す山間地域

同じく栃木県の黒川・小来川地区もテンカラ釣り専用のC&R区を設定したことで知られるが、C&R区設定以前、山間地域であることから地区の組合員は高齢化の一途をたどり、遊漁券の売上も減少傾向にあった。

ところがC&R区設定以降、遊漁券売上は約2倍、飲食店の売上も同じく約2倍程度に増加したという。時期によってはなかなか魚影を確認できない状況だったものの、現在のC&R区は常にヤマメが泳ぐ姿を見ることができる。そうした変化がリピーターを呼び込んだといえるだろう。

そうはいっても監視員の確保など人手が足りないことに変わりはない。が、小来川地区ではC&R区の設定に伴い賛同した釣り人と小来川支部の組合員らが『小来川の日光テンカラをつなぐ会』を結成。標識放流や監視活動、看板設置などを手伝っている。漁協組合員として監視活動を行なう大出貢さんもC&R区設定以降、地域の雰囲気が変わったと話す。

「小来川地区の人口は現在600人くらい。多い時で1000人を超えていたと思いますから、かなり減ってしまいました。でも、C&R区を設定してからはリピーターになってくれる釣り人も増えて、釣りとは縁のない人たちも川に関心を持ってくれるようになりました。たとえば近所で散歩している人たちが『最近は魚が殖えましたね』と声をかけてくれたり、スクールバスの運転手がC&R区で釣りしている人を見つけて教えてくれたり。今までは静かすぎました。人が集まることに対しては大歓迎ですよ」

栃木県日光市の三依地区、小来川地区は渓流釣りによって活気を取り戻しつつあるわけだが、岐阜県にも同様の事例がある。本誌読者なら一度はその名を聞いたことがあるはずの石徹白川だ。

「地区住民はおよそ270人で、そのうち一部の人が石徹白漁協に入っています。増殖事業をやるにもイベントをやるにも人手が足りない。地域の人も自力ではどうにもならないと自覚されていて、釣り人と連携してさまざまイベント行なったりしている。たとえば人工産卵河川の整備もそのひとつで、またC&R区も外部から来た釣り人が提案して実現させました。外部の人を歓迎する風土が成功につながったといえます」(前出・岸大弼さん)

過疎化が深刻となっている山間地域ではすでに、組合員の減少によって漁協が解散する事例が報告されており、そうした河川では都道府県が河川を管理することになる。しかし現実的に都道府県職員が山間地域にまで足を運び管理することなど不可能。となれば違法漁業などの問題が生じることから、その対策として禁漁措置を行なう事例が出てきている。つまり漁協の消失は釣りができなくなることを意味しており、釣り人にとっても深刻な問題だということになる。

一方でここで述べたように外部から訪れる釣り人と協力しながら漁場管理を行なう河川もあり、そうした事例を水産庁が発行するパンフレットで紹介されていることは大きな意味がある。

「地域振興的には関係人口といいますが、山間地域の人たちが関係人口と呼ばれる人たちをどれだけ取り込んで一緒になって盛り上げていけるか、今後はその視点が重要になるのかもしれません」(前出・中野祥寛さん)

どこか特定のお気に入りの河川がある釣り人はぜひ、その地域、漁協と係わってみてほしい。関係住民ならば組合員になるのもよし、遠方だとしても放流事業や看板設置など協力できることは多岐にわたる。我々一般の釣り人が山間地域に活力を与えることができるとしたら、それは実に素晴らしいことである。

 

 

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黒川漁協小来川支部では、小来川の日光テンカラをつなぐ会と協同で漁場管理を行なっている。4月にも標識魚の放流が実施され、その標識魚がどの程度移動するのか追加調査が行なわれた

 

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標識魚は1尾ずつアブラビレをカットしてから放流する。暴れないよう麻酔薬を薄めた水に入れたのちヒレをカットし、回復してから複数箇所に放流。急斜面の場所もあるだけに組合員だけでは不可能な場合もある

 

 

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取材時にお集まりいただいた関係者の面々。写真右から日光市地域振興課の中野祥寛さん、水産研究・教育機構の宮本幸太さん、日光市小来川地区の黒川漁協組合員でもある大出貢さん、小来川の日光テンカラをつなぐ会から大出貢平さん、そして写真後中央に栃木県日光市三依地区の地域おこし協力隊の田邊宣久さん

 

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リモートではパンフレット著者のうち長野県水産試験場の山本聡さん、滋賀県水産試験場の幡野真隆さん、岐阜県水産研究所の岸大弼さん、群馬県水産試験場の山下耕憲さんが参加してくれた

 

 

 

 

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