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アカサカ釣具

ヘンリーズフォークにかかる橋

The Ranch Bridge Project

ミノリ・スミス=文、チャーリー・ランチ=写真
ランチブリッジの夕暮れ。橋は取り除かれて今はない Charlie Lansche –LastChanceGallery.com


《Profile》
ミノリ・スミス
富山県出身。フライ歴34年。アメリカ合衆国モンタナ州に移住後、ブルーリボンフライズ、シムスフィッシングプロダクツを経て、現在トラウトハンター・プロダクツ・ホールセールマネージャーとしてトラウトハンターの商品を全米のみならず、世界各地の販売を手掛ける。仕事柄たくさんのフライフィッシャーと出会うことができる楽しい毎日。トラウトアンリミテッドの会員で特にネイティブフィッシュの保護活動を課題としており、休日は夫、愛犬イエローラブラドルレトリーバーと一緒に何100マイルをかけてネイティブフィッシュであるグレイリングやカットスロートを探しに出かけている。


この記事は2020年Early Spring号に掲載されたものを再編集しています。


ハリマン・ステートパークとヘンリーズフォーク


 アメリカ合衆国アイダホ州の州立公園、ハリマン・ステートパークは、ヘンリーズフォークの「ランチ」セクションの正式名称です。


 ハリマン・ステートパークの前身は「レールロード・ランチ」と呼ばれた広大な牧場だったので、今でもその名残でこのエリアを「ランチ」と呼んでいる人がたくさんいます。

 1902年、正式にレールロード・ランチでの牧場経営が始まったころ、イエローストーン国立公園へのアクセスとして、ユニオンパシフィック鉄道の子会社、オレゴンショート鉄道がアイダホ州アシュトンからアイランドパークを抜け、モンタナ州ウエスト・イエローストーンまで鉄道を敷設する事業を行なっていました。

 レールロード・ランチの牧場主たちの多くはこの鉄道事業にも関係しており、それがこの牧場の名前「レールロード」の由来でもあります。1908年にユニオンパシフィック鉄道のエドワード・ハリマン氏がこの牧場の一部を買い取りましたが、彼は牧場を訪れることもなく、翌年1909年に亡くなりました。

 その意志を継ぐ彼の家族、特に末息子のローランド・ハリマン氏は毎年ニューヨークからレールロード・ランチを訪れ、この地の豊かな自然を満喫したようです。そんな体験をとおしてこのレールロード・ランチが野生動物や野鳥の生息地としての貴重な価値に気づいた彼は、この豊かな自然がいつまでも守られるようにと15000エーカー(約60㎢)の広大な土地を自然保護区となるようにアイダホ州に寄付することにしたのです。

 1977年4月1日、レールロード・ランチはアイダホ州の州立公園「ハリマン・ステートパーク」となり、1982年に一般の人々に開放されました。

ミリオネアプール上流でライズをねらう親日家のドクター・ニコルソン Charlie Lansche –LastChanceGallery.com

毎夕、自転車でランチブリッジに釣りに行くフライフィッシャー



ハリマン・ステートパークの危機と「Friends of Harriman State Park」の活動


 2008年秋に始まった金融危機は、私たちの暮らしにもさまざまな影響を与えました。2010年の冬、公共事業の予算削減が提案され、その中にハリマン・ステートパークを管理する部門の、パーク&レクリエーション部の予算も含まれていました。

 しかし世界初の国立公園、イエローストーン国立公園の膝元に住み自然保護の重要性を知る人たち、釣り人はもとより自転車やクロスカントリースキー、ハイキングを楽しむ人たち、そして公園内の大自然を愛してやまない多くの人たちがハリマン・ステートパークの重要性とその存在の価値を語り始め、立ち上がりました。地元に住む人たちは、クロスカントリースキー集会を公園で開き、メディアにも訴えました。

ハリマンステートパークの冬を楽しむクロスカントリースキーヤー


 全米に散らばる釣り人たちは、インターネットを通じてこのことについて語り合い、公園存続のための署名運動を始めました。ヘンリーズフォーク・ファンデーション、トラウト・アンリミテッド、ネイチャー・コンサーバシーといった自然保護団体も声を上げ、あっという間に公園封鎖を回避しようという大きな波が広がりました。

 そして、約2週間後この予算削減の提案は回避され、無事にハリマン・ステートパークは州立公園としてまた私たちに門戸を開いてくれたのです。あのとき、彼らの訴えや行動がなければ、ハリマン・ステートパークは利用できなくなっていたかもしれない、そしてそこに流れるヘンリーズフォークで釣りをすることは永遠にできなくなっていたかもしれません。

 このことをきっかけに、ハリマン・ステートパークの自然をいつまでも楽しむためには自分たちの力で守っていかなければならないのだという意識が人々の心に芽生え、「Friends of Harriman State Park」というグループが発足しました。

 最初のプロジェクトは、広大なハリマン・ステートパークの境界線を示すジャックフェンスと呼ばれる木製フェンスの修復でした。この辺りの冬が長く厳しく、マイナス50℃を下回る寒さと2~3mの雪が降り積もります。5月にようやく雪が解けるとフェンスは雪の重みで壊れていることが多いのです。このフェンスは丸太を組み合わせた簡単なつくりなのですが、ハリマン・ステートパークの敷地は広大ですから、相当の数のフェンスがあり、修復するのは大変な時間と労力がかかります。それを「Friends of Harriman State Park」の名のもとに集まった人たちはボランティアで取り掛かったのです。

ハリマンステートパークを流れるヘンリーズフォーク


 現在ハイウェイ20号沿いを走ると、美しく修理されたハリマン・ステートパークのフェンスを見ることができます。そしてそのフェンスは、「Friends of Harriman State Park」のロゴマークとして使われ、発足当時の心意気を表しているかのようです。

The Ranch Bridge Project


 その後も、パーク内にあるトレイルの整備や除草など地道に活動が行なわれていましたが、2017年8月にさらなる課題がこのグループを奮い立たせました。


「The Ranch Bridge Project」


 かねてより老朽化が進み、架け替えが懸念されていたランチブリッジの橋げたが2017年8月にとうとう壊れてしまい、安全面から通行が禁止されてしまったのです。

 ヘンリーズフォークを釣ったことのある方なら、通称メールボックスと呼ばれるハイウェイ20号沿いのゲートからこの橋のたもとにたどり着くまでの長い道のり、約1マイル(約1.5km)を汗を拭きふき歩かれたことがあるかと思います。有名なお立ち台からもずいぶんな距離があり、当然のことながらこの周辺では大きなニジマスを釣るチャンスが多いのです。

2019年、真夏炎天下での古い橋の撤去作業


 レールロード・ランチで牛たちが行き来するため、1921年にかけられたこの橋は、ヘンリーズフォーク上流部の数少ない橋のひとつ。牛たちだけでなく、アイランドパークや牧場に住む人たち、そしてハリマン・ステートパークの自然を楽しむ人たちのための大切な橋でした。

 現在も牛たちは放牧されていますので、橋が通行できなくなった現在、彼らはヘンリーズフォークの流れを渡らなければならないのです。私たち釣り人も向こう岸に見えるライズするニジマスをあきらめなくてはなりません。橋は古く、昔の工法で作られていますから修理するにも莫大なお金がかかることもわかり、橋の修復のめどがたちませんでした。

ライズをねらうトラウトハンター、ミリー・ペイニーとヘラジカの親子


 しかし、今回も「Friends of Harriman State Park」が立ち上がりました。中でもハリマン・ステートパークのマネージャーだったジョディ・スティールとトラウトハンターのオーナーの一人、ジョン・スティール夫妻が中心となり、関係者との交渉や資金集めに今現在も奔走しています。

橋の撤去作業に励むジョン&ジョディー・スティール Charlie Lansche –LastChanceGallery.com

The Ranch bridge project の推進者、ジョディー・スティール


 「The Ranch Bridge Project」と名付けられたこのプロジェクト。まったくのボランティアで、忙しい仕事が終わって疲れていても懸命にこのプロジェクトに取り組むジョンとジョディ。そんな姿を見て、トラウトハンターのお客さんやたくさんの釣り人、地元の人が賛同し、ともに行動するようになり、先日も古い橋を撤去する作業が真夏の暑い中、有志の手作業で行なわれました。

Friends of Harriman State Park のボランティア メンバー。彼らのおかげで今年も楽しい釣りができることに感謝


 橋の架け替えに必要なお金は72万ドル。日本円にして7600万円。このような多額のお金はそう簡単には集まるものではありませんし、もっと大切なことは「ハリマン・ステートパークを愛する人、利用する人たち自身の手で解決する、自分たちの目標」として、寄付されるお金もそんな願いがこもったものでなければならないのです。

ボランティアのマンパワーで撤去作業が進む


 なにかよい方法はないかと皆で知恵を絞って、始まったのが毎年9月初旬にハリマン・ステートパークで開かれる「Wine in the woods」。地元のレストランが無償でワインに合う料理を提供し、ワインの販売店がテイスティング会をかねて販売を行なうのですが、その収益金はプロジェクトへ寄付するというイベントです。参加料の30ドルも寄付金になりますので、私もこれならなんとか家計から捻出しプロジェクトの微々たる力になることができます。

毎年9月に多くの人が集まり、寄付金を募る ”Wine in the woods”のイベント


仕事の傍ら”Wine in the woods”に奔走するトラウトハンターのジョン・スティール


 またいろいろなところから集まった絵画などの品物を参加者がサイレントオークションで購入して、その売上金もまた全額寄付するのです。フィッシングガイドなどは、品物ではなく自分自身が休みを取ってガイドトリップを寄付することもあります。私の夫も昔、ほかの団体で自分のガイドトリップを寄付したところ、なんと5000ドルで落札されそのお金はそのまま寄付されたことがあります。

 アメリカではさまざまな方法で自然保護活動などに寄与することができるので、寄付金集めといってもお金のあるなしにかかわらずだれもが積極的に自分なりの行動をとることができます。2017年からはじまったこの「The Ranch Bridge Project」は2年で59万5000ドルまで達し、目標までもうひと踏ん張りというところまでやってきました。

モンタナ州ボーズマンの画家、ミミ・マツダが描いたWine in the woodsのポスター


 私はモンタナ州マディソン・リバーにかかる$3ブリッジ・プロジェクトで名高いウエスト・イエローストーンにあるブルーリボンフライズの元オーナー、クレッグ&ジャッキー・マシューズのもとで働き、たくさんの自然保護活動の精神を学びました。そして今ハリマン・ステートパークのランチブリッジ・プロジェクトのジョン&ジョディ・スティールの活動を間近で見ています。そんな彼らに携わり、いつまでも語り継がれるであろう2つの橋のプロジェクトを目の当たりにすることを私は本当に誇りに思っています。

Friends of Harriman State Park の活動は未来への懸け橋 Charlie Lansche –LastChanceGallery.com

100年以上ヘンリーズフォークの流れを見ていたRanch Bridge Charlie Lansche –LastChanceGallery.com

 日本にはヘンリーズフォークで感動的な釣りをなさった方や、今も逃がした20インチの魚を夢見ている方、いつか釣りをしたいと思っている方など、この川への思いを募らせている方がたくさんいらっしゃると思います。興味のある方はぜひ「Friends of Harriman State Park」の「The Ranch Bridge Project」の活動にご協力をお願いいたします。

 遠い日本からのフライフィッシャーにもヘンリーズフォークにかかるこの橋のたもとで釣りを楽しんでいただくことが、地元の皆の励みになると信じています。


<参考資料>A Historical guide to the Rail road Ranch

興味のある方はぜひ「Friends of Harriman State Park」の活動と「The Ranch Bridge Project」のウエブサイトhttps://www.friendsofharriman.orgにアクセスしてみてください。

「The Ranch Bridge Project」の詳しい内容、また寄付の方法についてはhttps://www.friendsofharriman.org/ranch-bridge-projectをご覧ください。

ご質問などがあればfriendsofharriman@gmail.com(英語のみ)に直接連絡ができるようになっています。

初夏。花が咲き乱れる中、ヘンリーズフォークを釣る


フラビリニアのフライパターンで釣れたヘンリーズフォークの魚 Charlie Lansche –LastChanceGallery.com

このヘンリーズフォークの風景を次の世代にも伝えていきたい Charlie Lansche –LastChanceGallery.com

2020/3/2

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