“最高のものをより最高に”パタゴニアが目指した新しいウエーダー
パタゴニアが5年ぶりに刷新したウエーダーの魅力とは?PFAS不使用の撥水加工や環境配慮型素材、進化した立体構造など、片桐氏のインタビューを通じて開発の舞台裏を詳しく紹介。
編集部= 文 浦 壮一郎、パタゴニア= 写真 パタゴニア日本支社= 協力 フライフィッシャーオンライン編集部= まとめパタゴニアのものづくりとは

―まずは、御社のものづくりについて改めてお聞かせください。
片桐 創業者のイヴォン・シュイナードは、そもそも鷹狩りの愛好家で、自分のタカを捕まえにいくことがきっかけでクライミングを始めたみたいなところがあるんですね。そこからクライミングに没入していって、自分でつくったピトンをその場で売るようになりました。シュイナード・イクイップメントという会社をやっていたのですけれども、あるとき、みんなが壁面にピトンを打ち込んでいくことで、自分たちが大切に思っているフィールドが壊れていっている、ということに気がついて、ピトンの製造販売をやめてしまうんです。それに代わるもので、岩の壁面に傷をつけない、クリーンクライミングの原則に基づいた、リムーバブルプロテクションと呼ばれるような支点を構築するギアを開発したという経緯があります。そのときから、やっぱりものづくりの哲学として、環境への悪影響を与えない、あるいは最小限にするようなことをやっていました。ですが、クライミングギアってやっぱり、直接的に命にかかわるところがあるので、そこで起きた事故をもとに、「自分たちは撤退する」と言って、その事業を売却しています。その当時、ウエアの製造と販売を行なうパタゴニアは1973年に創業されています。
環境配慮の決断力が製品そのものを形作る

―環境への負荷に対しては、創業前から配慮していたということですね。
片桐 パタゴニアとしても、最初から環境への悪影響の少ないものをつくることを考えていました。コットンでも、一般的な栽培では殺虫剤を飛行機で散布するのですが、環境に悪いだけではなくて、そこで働いている人たちへの影響も非常に大きいということがわかったら、すべて製造を停止して、オーガニックコットンに切り替えるということをしました。オーガニックコットンって今では、だいぶなじみがありますが、その当時は栽培量も非常に少なかったですし、従来のコットンと比較して、少し品質が劣るころもあったようです。ですがそこは英断で、スパッとやめて切り替えました。また、こういった方針をパタゴニアだけがやっていても世の中へのインパクトはあまりないのですけれども、もっと巨大な、誰もが知っているようなスポーツアパレルの会社にも導入を促すことで、環境への不必要な悪影響というのが減っていく、ということも初期の段階から意識的でした。
―自分たちがやっていることで、周囲も巻き込んでいくと。
片桐 そうですね。環境負荷の小さいものをつくったところで、多くの人に使ってもらわなければなりませんし、実際のフィールドで思ったように機能しないと、まったく意味がありませんから。ですから、素材の開発にも注力しますし、機能性とかデザイン、品質、すべてに最高の製品をつくる。イヴォンは「最高のものをより最高にしなさい」とよくいいますが、この姿勢は社内の深いところまで浸透していると思います。
ですから、環境に対してだけではなく、当然テクニカルの部分もしっかりと、着ることができる最高のギアの開発を心がけています。
―言うは易しですが、ハードルは高そうです。
片桐 おっしゃるとおりですね(笑)。パタゴニアの本社の中にはフォージ、鍛造ですね、という名前の研究開発室があるんですよ。
―鍛える、という意味で。
片桐 まさにそうです。その言葉のとおり、プロトタイプをフィールドテスターが使って、その結果をまたフィードバックしてまた開発する。これを繰り返して、厳しく鍛錬して製品化していくプロセスを基本的にすべての製品で行なっています。
2つのモデル、それぞれの魅力



―新しいウエーダーは5年ぶりですね。トラバースは初登場になります。
片桐 はい。メンズがスウィフトカレント・エクスペディション・ジップフロント・ウェーダー、スウィフトカレント・エクスペディション・ウェーダー、スウィフトカレント・トラバース・ジップフロント・ウェーダー。ウィメンズのトラバースにはジップフロントは装備されていません。
―エクスペディションは前回と同じネーミングですが、トラバースも含めてそれぞれどのような特徴があるのでしょうか。
片桐 エクスペディションは、名前のとおりで、より耐久性に優れたモデルです。一方のトラバースは、少し軽量な生地を使っています。軽量ではありますが、充分にテストされた耐久性を持つ生地を採用しています。なので、トラバースはより高い収納性や動きやすさも感じられると思います。より長距離を歩くようなときにメリットを感じていただけると思います。
―近年は日本の渓流でも暑いですし……。
片桐 メンズのトラバースにはフロントジッパーも装備されています。
水に浸かっていないときに開けておけばベンチレーション効果も高いです。パタゴニアとしては、この価格帯でジップ付きはこれまでありませんでした。
動きを妨げない立体構造






―エクスペディションはいかがでしょう?
片桐 細かい点はたくさんあるのですが、まず大きいところでは、トラバースを含めすべてのモデル共通で立体裁断のパターンを変更しました。以前のモデルは動きやすいようにシームラインがカーブしていたのですが、ただこのラインが腰の高さに到達すると体側に来るので、やっぱり行動中に擦れやすくて。修理サービスのデータによると、やはり体側の部分に摩耗が多いのは明らかでしたので、シームラインの位置を擦れやすい場所から排除して、直線的にデザインしました。このメリットとしては、ひとつは製造工程で、シームテープの加工がしやすく間違いが起きにくい。リペア部門でも直線のほうがシームの修理がしやすいということも挙げられると思います。あとは、ブーティーの形状もぱっと見は同じようなパターンなのですが、より着脱のしやすさも意識して、外周を広くしました。この継ぎ目(ブーティーと本体の生地)は着脱のときに、すごいストレスがかかるんです。ここも修理データでは、漏水個所のトップのひとつに挙げられます。ですから、フィットを調整して、より負荷がかからないようにしました。
PFAS(パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル化合物)を使わない撥水加工というチャレンジ
片桐 ただ、やはり今回とても大きいのは、DWRがPFASを使用していないものに変更されたことですね。―PFASは国内のニュースでも取り上げられることが増えてきました。
片桐 2025年からすでにニューヨーク州とカリフォルニア州では、販売が禁止されています。パタゴニアは2010年くらいから、長年かけてこの分野について研究してきているので、業界においてはこのPFAS不使用のDWRのパフォーマンスの優位性には今、自信を持っています。実はこれは、生地との相性が結構問われるところでもあって、よいDWRコーティングを開発すれば終わりというわけではありません。初期のころは、このコーティングをしたときに、生地が紙切れみたいに破けてしまったことがあって、そこからの研究の積み重ねで、PFAS不使用でありながらも、しっかり耐久性を出すというところまでこぎつけているのです。ご存知のとおりウエーダーはとても過酷に使われるギアで、突き刺し強度や引き裂き強度は前モデル同様に、高いものが求められますが、それも充分にクリアしています。
「洗う」ことで機能は続く。ギアとの付き合い方
―PFAS不使用になると使用感はどう変化するのでしょうか。片桐 初期の撥水値は変わりませんが、撥油性を含まないのです。PFASが使用されたフライパンなどでは、油をはじいて焦げつかないようにする、というものものですね。ですが、現状のPFAS不使用のDWRでは油を弾かない。そしてここは定期的なメンテナンスでカバーするという考え方なんです。定期的というか、数回の釣行のあとには洗いましょう、と。まず洗濯して、その後撥水剤を使います。
―それは自宅でもできるのですよね。
片桐 もちろんです。ただし洗剤はアウトドア用のものをお使いください。一般的な洗剤は芳香剤などが入っていて、それが生地の表面に付着して機能を損ねてしまいます。
―つまりPFAS不使用になったらメンテナンスは必須、ということでしょうか。
片桐 そうです。ですから我々としては、ユーザー側もちょっと努力をしていかなければいけない時代に突入してきていると考えています。前からそうだったとは思うのですけれど、その重要度がまた、増していますよというところです。あと、ちゃんとパフォーマンスをするウエアをフィールドで使うとやっぱり快適ですし、「お洗濯を含めて楽しいね」という感覚でやってもらえたらいいなと思うんですよね。
―PFAS問題の以前から、メンテナンスの重要性は発信されていましたよね。
片桐 そうですね……。でも、まだまだアナウンスが必要だと感じています。カスタマーサービスに返ってきたものをみても、メンテナンス不足、洗濯不足というものが少なくないんです。あともうひとつ、ちょっとすみません、話が長くなりますが、メンテナンスの重要度としては撥水だけではなくて、汗とか脂が内側にベタッと付くことで、シームテープの樹脂が劣化しやすかったりとか、メンブレンに圧着している裏地がはがれやすくなるんです。洗濯することによって、そういった汚れも落とすことで、より長く着ることができます。たとえば、自転車通勤でレインウエアを平日毎日着ていたら、週末には洗いましょう、くらいのレベルで考えています。1回ガッチリ釣行したらもうそのタイミングでメンテナンスをしてあげるといいですよ、という感じです。
最高をより最高に。開発哲学
―素材は自社で開発されているのですか。片桐 工場を持っていて、マテリアルそのものを直接開発しているというわけではないのですけれども、本社の中には、マテリアルディベロップメント部門があって、学位を持っている人たちがそろって研究しています。ですから、ただ素材ベンダーさんから提供された素材をテストするだけではなくて、使用中に一体どんな挙動が起きていて、どういう改善をすると、この生地はより耐久性が上がって、我々が求めるパフォーマンスを発揮するか、みたいなことまで直接やり取りをして改善をしています。
―もはや共同開発ですね。
片桐 そうですね。リサイクル生地も早い時期から開発を進めていましたが、ベンダーさんと一緒に耐久性の試験をして、改善に向けて具体的なコミュニケーションを取っていたから実現できたのだと思います。さきほどのPFASも、日本はまだ法律が施行されていませんが、いずれそうなるだろうと思います。そうした場合でも、パタゴニアだけが得をするというよりも、ここで開発した素材はベンダーさんを通じてほかのメーカーさんにも波及していくことになります。さきほどのオーガニックコットンと同じ考え方ですよね。アパレルやギアを販売するビジネスを手段として、結果的に世の中に影響を与える、という哲学があるともいえます。ほかのメーカーさんも同様に品質の高い、環境への悪影響の少ないものが使えるようにするためには、まずは一生懸命自分たちのために開発をして、そのあとは自由に安心して使ってもらいたい。極論ですが、パタゴニアを使ってくれている人が増えることによって、より環境への負荷というのは減っていくんだなという思いを、個人的には持っています。
パタゴニアの意思決定の速さ
―御社は、重要な決断を下すのが、非常に速やかだという印象があります。片桐 それはまさにそうだと思います。会社の規模が小さかったころは、社長の鶴の一声みたいな舵取りができるかもしれないですけれど、それは今でも変わらないように思います。イヴォンの先を見通す力と、大胆に決断する姿勢は会社全体に息づいているのかなと思います。PFASでもそうでしたが、ずっと先に起きるであろうことに対して、まだ何も明確ではないタイミングから準備をし、対策を打ち、開発を始めています。パタゴニアの人たちを見ていると、この点は本当に感心させられます。やっぱり時間がかかりますからね、最高のものを最高にするには。

パタゴニア本社フィッシュライン・マネージャー、Nicole Labrie さんへの質問
Q 前モデルに比べて、率直に何%ほど耐久性が高まったと考えていますか。 A 2020年にスウィフトカレントウェーダーを初めて発売した際、品質に関する返品が大幅に減少しました。ウエーダーの耐久性に寄与することが証明された方法、たとえば縫い目のダブルシームテーピングや4方向のパターン交差を避けることなど、また、長年の品質レビューを通じて発見したすべての製造方法は、新しいウエーダーにも引き継がれます。新しい脚のシームパターンとサイズ変更されたブーティパターンの耐久性の向上により、2025年に改良された新しいウエーダーでは、品質に関する返品がさらに5~6%減少すると予想しています。また、新しいウエーダーの発売とともに、ウエーダーのケアと修理方法についての詳しい情報を提供し、製品の寿命延長と環境保護の取り組みを推進しています。たとえば、新しいウエーダーにはQRコードが付いており、これをスキャンすることで、現場での迅速な修理や自宅でのより詳細な修理を支援するビデオやウエブページにすぐにアクセスできます。
Q 水と直接接するウエーダーはほかのプロダクトと比較してPFAS不使用を実現する難易度は高かったのでしょうか。 A フィッシングカテゴリーの製品でPFAS不使用のステータスを達成することができたのは、すでにPFAS不使用の防水/透湿ジャケットで使用していた技術を適用したためです。ただし、ウエーダーには使用されている4層の生地と互換性のある特定のDWRコーティングを非常に厳しい実験室およびフィールドテストにかけました。また、ウエーダーが完全に水没している場合、DWRの化学物質が予想以上に早く失われることがわかりました。これは、ウエーダーの水中使用のため、ジャケットなどのほかの防水レインシェルよりもはるかに早く摩耗するためです。従来のDWRおよびPFAS不使用のウエーダーを100日以上フィールドで使用し、DWRを復活させようとしましたが、どちらも大幅には復活しませんでした。最終的に従来のものからPFAS不使用に移行しても、パフォーマンスに変化は
見られませんでした。むしろPFAS不使用のほうが引裂強度が向上しています。
ウエアはメンテナンスが必須

1.27℃+- 3℃の冷水を使用し、ウエーダーが完全に浸かる量の水を浴槽に入れる。
2.アウトドアウエア用の洗剤を入れ、片面を5分間浸し、もう片面も5分間浸す。
3.ウェーダーを優しく絞り、擦って目立つ汚れを落とす。
4.清潔な冷水で2回すすぐ。
5.日陰に吊るして陰干し。

用語解説
- PFAS(ピーファス)……Perfluoroalkyl and Polyfluoroalkyl substances(パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル化合物)の略。防水スプレーやレインジャケット、フライパンなどさまざまなものに使われてきたが、肝臓がんや血中コレステロール値の上昇など、健康被害が懸念されている。自然環境でも分解されずに長く蓄積され、日本でも水道水から目標値を超えるPFASが検出された自治体は16都道府県におよんでいる(2022年環境省調べ)
プロフィール

パタゴニアが設定するコアスポーツ、スノーボード、クライミング、登山、トレイルランニング、フライフィッシングなどのテクニカルウエアに関し、アメリカ本社との間で市場や製品の情報を共有する業務を担当。もちろん自身もすべてのコアスポーツを楽しんでいる。
2025/6/6